弥勒寺山城
●地図● 和歌山市秋葉町(秋葉山公園) 2012年3月31日(訪問日:2011年8月1日)
◆概要◆
弥勒寺山城は織田信長と石山本願寺が戦った石山合戦(1570〜80年)の間の1577年、石山本願寺を支える雑賀衆五組の内、抵抗を続ける雑賀荘を討つため織田信長が6万の軍勢で攻めました。 この時、雑賀荘の鈴木孫市が弥勒寺山城を築き、織田軍を迎え撃ちました。 鈴木孫市は弥勒寺山城の周囲に東禅寺山城・上下砦・宇須山砦・中津城・甲崎砦・玉津島砦・布引浜等の砦を築きました。 また、川底に逆茂木や桶・壺・槍先を仕掛け、渡河してきた織田軍を足止めして鉄砲で狙い撃ちしたため、織田軍は大きな被害を受けました。 しかし、織田軍が近隣の村を焼き払って中津城が落城するなどしたため、雑賀軍は戦意を喪失して織田信長と和議を結びましだ。 この時、石山本願寺との戦いに一定の配慮をすることを条件にしたと伝わります。 鈴木孫市は再度叛旗を翻したこともありましたが、最終的には織田信長の配下となりました。 城跡は現在秋葉山公園となっており、公園化の影響からか遺構らしきものは残っていません。 周囲の眺望は良く、戦略的な要地であったことが伺われます。


秋葉山公園