中曽根城
●地図● 東京都足立区本木2丁目 2017年6月16日更新(訪問日:2011年8月13日)
◆概要◆
中曽根城は寛正年間(1460-66年の間)に千葉勝胤によって築かれたとされます。 この「千葉勝胤」という人物については不詳ですが、下総千葉氏当主の千葉勝胤は1472年生まれのため、別人と考えられます。 時期的に古河公方派と関東管領上杉派とに分裂して宗家の家督を奪われた武蔵千葉氏が太田道灌により近隣にある石浜城が与えられた数年後の事なので、武蔵千葉氏の一族と考えられます。 一説に、武蔵千葉氏はこの城を本拠としたともされます。 千葉氏は妙見社を篤く敬っており、城内の一角に神社を祀りました。 それが現在の中曽根神社で、発掘調査の結果、近隣に幅7mの堀跡が見つかっています。 神社にある説明板によると、城の規模は周囲6町4方(36ha)で、周りに堀や土居を巡らしていました。 1590年の小田原征伐で後北条氏とともに武蔵千葉氏が滅び、この際に廃城になったと考えられています。 江戸時代にはまだ遺構が残っており、堀の内側に畑が広がっていたと伝わります。 その後、隅田川の河川改修や宅地化により城跡は破壊され、辛うじて城内の一角にあった中曽根神社だけが残されています。


中曽根神社社殿

城址碑の周り

城址碑