馬込城
●地図● 東京都大田区南馬込5丁目 2017年5月31日更新(訪問日:2011年9月24日)
◆概要◆
築城年代および築城者は不明ですが、戦国時代に後北条氏の家臣・梶原助五郎が居城としていました。 梶原助五郎は梶原景時の子孫であると自称していましたが、その真偽の程は不明です。 1559年に後北条氏が作成した『小田原衆所領役帳』によると、梶原助五郎は馬込城、新井宿城を所有し、品川区の大井に屋敷を構えていました。 品川は鎌倉時代から大井氏一族の品川氏が治めていましたが、1416年に上杉禅秀の乱に加担したことにより所領を没収されています。 梶原氏は室町時代の鎌倉公方の奉行人に梶原持景の名があり、その頃から続いていると思われます。 城域は広大であったと伝わり、西は湯殿神社から国道1号の南側にある丘全体の入り組んだ地形を巧みに利用して築かれたと考えられています。 1590年に後北条氏が滅びた時に梶原氏も運命を共にしたとみられ、梶原氏の領地は徳川家康に仕える大工の棟梁・木原吉次に与えられました。 木原吉次は江戸城や日光東照宮などの建設に尽力した人物です。 城跡は完全に住宅街となっており、その地形からかつて城であっただろうと偲ぶほかありません。


湯殿神社の東側にある公園

湯殿神社の鳥居

湯殿神社の社殿