恩智城
●地図● 大阪府八尾市中恩智町 2012年3月5日(訪問日:2011年8月2日)
◆概要◆
恩智城は恩智神社の社家で土豪の恩智左近満一により、室町時代初期の建武年間に築かれました。 高安連峰へ至る高地にあり、大阪平野を一望できる位置にあります。 城が見下ろす位置であり不敬であるとして、恩智神社はこの時に現在地に移転しました。 しかし、城の東側の防御を固めるためであったという説もあります。 恩智満一は楠木正成の八臣の一人に数えられる名将でした。 恩智満一の死には諸説あり、1337年に熱病で急死したという説、1338年の四條畷の戦で楠木正行とともに戦死したとする説、そして四條畷の戦での楠木正行の戦死を知り自刃したという説です。 いずれにしても、四條畷の戦で楠木軍が壊滅的な大敗を喫した後に恩智城も落城し、そのまま廃城となったようです。 恩智満一の墓は城跡付近にあります。 現在、主郭跡は堀が埋めたれられて第一万葉植物園に、二郭跡は桜の名所・恩智城址公園となっています。 城跡は住宅街の中にあって分かりづらいですが、国道から恩智神社までの約300mの間に何度か右の細道に入って公園を探すと見つかります。


 

二郭・恩智城址公園

 

 

主郭の城址碑