伊波城
●地図● 沖縄県うるま市石川伊波後原 2012年12月23日(訪問日:2012年7月1日)
◆概要◆
1322年に怕尼芝により滅ぼされた今帰仁城主の子か孫が、追手を逃れるためか洞窟に隠れ住みました。 地元の住民がそのことを知ると、推されて伊波の按司となり城を築きました。 1416年に尚巴志が怕尼芝の子孫である今帰仁城の攀安知を攻め滅ぼすと、伊波按司は尚巴志に従ったとされています。 確かに伊波城だけで検索するとそのような記事ばかりになります。 しかし、別の角度から調べると、護佐丸は山田城主の養子となった伊波按司の次男の子であるという説が有力です。 もしそうなら、近親者である護佐丸に協力して仇敵である北山を攻めたのではないかと考えられます。 地理的には北山も近いので、敢えて態度を明確にせず中立的な振る舞いをしていたのかもしれませんが・・・。 城跡の石積みは野面積みで崩れてしまった箇所が多いのですが、単郭式の縄張りが分かり易い形で残されています。 城は標高87mの丘陵上に築かれており、東方向の石川の街を一望できます。


説明板の図

城址碑と説明板

石積み

石積み