猫尾城
●地図・アクセス● 福岡県八女市黒木町北木屋 2010/12/30(訪問日 2010/8/5)
◆概要◆
平安時代末頃の1167年に源助能により築かれたとされます。 別名・黒木城とも呼ばれ、源助能の子・黒木定善からは黒木姓を名乗り、代々猫尾城を本拠としました。 矢部川と笠原川の合流点に半島状に突出している猫尾山頂にあり、本丸は南北56メートル、東西28メートルあります。 周囲には犬走りが設けられ、東西と建物部分には石垣、南北には土塁が築かれていました。 また本丸の西には南北18メートル、東西40メートルの馬場を挟んで約30メートル四方の二の丸がありました。 本丸の東側には、空掘を挟んで三の丸がありました。 また、追手門の北側と本丸の南東・北東隅の3か所には櫓がありました。 黒木氏の屋敷は西側の矢部川と笠原川に挟まれた場所にあり、土塁によって二の丸と繋がっていました。 戦国時代には肥前の龍造寺氏と豊後の大友氏の勢力境となり、何度も争奪戦が繰り返されました。 関ヶ原の戦の後、筑前一国を治めた田中吉政により城番が置かれましたが、1615年の一国一城令により廃城になったものと思われます。


本丸

彦山神社

城址碑