横手城
●地図● 秋田県横手市城山町(横手公園) 2017年8月20日更新(訪問日 2007年9月23日、2008年8月3日、2017年8月9日)
◆概要◆
別名は朝倉城、阿櫻城などがあり、敵が這い登ることができないよう城塁に韮を植えていたため、韮城とも呼ばれていました。 朝倉山を包むように流れる横手川を天然の堀とし、背後は険しい奥羽山脈に続く要害の地でした。 戦国時代に小野寺輝道により築かれ、関ケ原の戦以降は佐竹氏一門である戸村氏などが城代を務めました。 江戸時代はじめには、徳川家康の懐刀と呼ばれた本多正信の子・本田正純が、政争に敗れて配流されてきた地でもあります。 現在は横手公園となり、3層の天守閣様の展望台が建ち、郷土資料館となっています。 元々天守はありませんでしたが、横手音頭に歌われたり、かまくら祭りでたびたび紹介され、横手のシンボルとなっています。


横手公園の案内図(城跡は赤枠で囲んだ辺りです)

牛沼は堀でした

牛沼駐車場

牛沼駐車場からの入口は虎口の面影が

模擬天守があるのは二の丸です

腰曲輪の跡がいくつかあります

本丸の秋田神社

本丸から見た展望台

牛沼駐車場から入る虎口が上から見えます

本丸と二の丸の間にある武者溜

搦手門跡(外側から)

搦手門跡(内側から)

搦手道

大手口(佐竹氏時代のもの)

大手道(下から)

大手道(上から)

大手口(小野寺氏時代のもの)

こちらの大手道は一部崩れていて通れず

上から見ると直線的です