ドライブ&ツーリングでどこへ行こう・・・
そんな時お城をターゲットに走ることを思いつきました。
そして気が付いたら全国津々浦々(笑)
これまでに訪問したお城を紹介します。

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躑躅ヶ崎館
2016/2/28更新
2009/1/11記
(2007/7/28・2015/4/26訪問)

武田神社

●概要●
武田信虎が1519年に石和からこの地に館を移したことから始まる。甲府盆地の北端、相川扇状地にあり、東西を藤川と相川に囲まれ、背に詰城である要害山城を配置した。館は一辺が約200mの正方形の主郭(現・武田神社)を中心に、周囲の副郭とで構成された。館の周りには家臣の屋敷が建てられ、南方一帯には格子状に整備された城下町が開けていた。武田勝頼が新府城へ移転する際に破却されたが、武田氏滅亡後に再び甲斐国支配の拠点となった。徳川家康によって館域は拡張されて天守も築かれたが、1590年に徳川家臣・平岩親吉によって甲府城が築城されると廃城となった。現在、城跡には武田神社がある。

●歴史●
1519(永正16)年 武田信虎が盆地中央に近い相川扇状地へ居館を構築。
1582(天正10)年 1月、武田勝頼が新府城を築き、本拠地を移転。その際破却される。 
3月、武田氏滅亡後、入府した川尻秀隆は躑躅ヶ崎で政務をとった。
6月、武田家遺臣の起こした国人一揆により川尻秀隆が死亡。
10月、天正壬午の乱を制した徳川家康が甲斐・信濃を得る。家康は甲斐支配の主城とし、館域は拡張されて天守も築かれた。
1590(天正18)年 徳川家臣の平岩親吉によって甲府城が築城され廃城となった。
1919(大正8)年 武田神社が創建された。
1940(昭和15)年 国の史跡に指定


武田神社全体図

武田神社

各郭を高土塁が囲む

主郭北側の深い堀

●100名城スタンプ設置場所●
武田神社の宝物殿(9:30〜16:30 大人300円、小中学生150円)、社務所、神社札授所など

●地図● 山梨県甲府市古府中町

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