ドライブ&ツーリングでどこへ行こう・・・
そんな時お城をターゲットに走ることを思いつきました。
そして気が付いたら全国津々浦々(笑)
これまでに訪問したお城を紹介します。

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岩殿城
2008/12/6記
(2008/12/6訪問)

 岩殿山遠景

●概要●
岩殿城は、急峻にしてけわしい断崖をめぐらし、攻めにくく守りやすい戦国時代の難攻不落を誇る名城であった。そのうえ南方の桂川(相模川)下流には相模、武蔵。西方の桂川上流には谷村、吉田、駿河。北方の葛野川上流には秩父などの山なみを一望におさめ、かつ烽火台網の拠点として近くの国々の情報を即座に収集できる重要な場所に築かれている。現在この城跡には一番高く展望のきく所に本丸、その下に二の丸、三の丸、さらに蔵屋敷、兵舎、番所、物見台、馬屋、揚城戸などの建物跡のほか、空堀、井水、帯郭、烽火台、馬場跡がある。また、断崖の下にある七社権現、新宮などの大洞窟が兵舎や出丸として用いられ、兜岩から稚児落としへのルートは落城の道とされている。これら多数の遺構は戦国時代の城郭を研究するうえで貴重なものである。
(現地案内板)

●歴史●
9世紀末頃 天台宗の円通寺として開創されたと伝わる。
13世紀 天台系聖護院末の修験道の場として栄えた。
16世紀 武田・小山田両氏の支配を受けるようになった。
1530年代 小山田氏により城が築かれたと考えられている。
1582(天正10)年 織田軍が甲斐に侵攻した際に小山田信茂は織田方へ寝返り、岩殿山城へ落ち延びてきた武田勝頼を郡内に入れなかった。進退に窮した勝頼は天目山で自害した。
戦後、信茂は不忠を咎められ、織田信忠により処刑された。


登山口にある丸山公園ふれあい館

岩殿山頂

●地図● 山梨県大月市賑岡町岩殿

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