ドライブ&ツーリングでどこへ行こう・・・
そんな時お城をターゲットに走ることを思いつきました。
そして気が付いたら全国津々浦々(笑)
これまでに訪問したお城を紹介します。

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米沢城
2009/1/21記
(2007/9/22訪問)

●概要●
城は米沢市街地のほぼ中心に位置する。戦国時代後期には伊達氏が本拠地とし、伊達政宗もこの城で生まれた。江戸時代には米沢藩の藩庁が置かれ、藩主上杉氏が居城とした。輪郭式に本丸から外側へ二ノ丸、三ノ丸を構え、10基の櫓と17棟の門が築かれた。上杉氏の入城当時は30万石の大名の居城であったが石垣や天守は築かれず、本丸にあった2基の三階櫓を天守の代用とした。現在、本丸跡は上杉神社の境内となっており、二の丸跡には米沢市上杉記念館(旧・上杉伯爵邸)がある。

●歴史●
1238(暦仁元)年 鎌倉幕府の重臣・大江広元の次男・時広が地頭として赴任した際に築城。
時広は地名から長井姓を名乗り、長井氏の支配が150年近く続いた。
室町時代初期 伊達宗遠が米沢を攻略。1380(天授6)年、1403(応永9)年、1413(応永20)年の説がある。
1548(天文17)年 伊達稙宗・晴宗父子の対立(天文の乱)を経て、晴宗は本拠地を米沢城に移した。
1589(天正17)年 伊達政宗は蘆名氏を滅亡させ、黒川城に本拠を移した。晴宗の弟・宗澄ついで宗清を城代に据えた。
1590(天正18)年 本拠を米沢に戻した。
1591(天正19)年 政宗は豊臣秀吉の命により岩出山城に移った。
会津に蒲生氏郷が入封し、重臣・蒲生郷安が米沢城主となった。
1597(慶長2)年 氏郷の子・秀行が下野国宇都宮に移封。
会津に上杉景勝が入封し、重臣・直江兼続が米沢城主となった。
1600(慶長5)年 上杉景勝は「直江状」で徳川家康に宣戦布告。関ヶ原での西軍の敗戦により30万石に減封された。以後、明治維新まで米沢藩上杉氏の居城となった。
1608(慶長13)年 景勝は兼続に命じ城の大改修を開始。
1613(慶長18)年 輪郭式の縄張りを持つ城が完成。
1873(明治6)年 建物が破却された。
1876(明治9)年 上杉神社を現在の地である本丸跡に移した。
1896(明治29)年 二の丸跡に上杉家14代当主・茂憲伯爵邸が建てられた。
1919(大正8)年 米沢市内で大火。上杉神社・伯爵邸にも類焼した。
1923(大正12)年 上杉神社再建。
1925(大正14)年 伯爵邸再建。鶴鳴館と呼ばれた。


公園案内図

上杉謙信像

上杉鷹山像

上杉神社

伊達政宗生誕の地碑

●地図● 山形県米沢市丸ノ内

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