ドライブ&ツーリングでどこへ行こう・・・
そんな時お城をターゲットに走ることを思いつきました。
そして気が付いたら全国津々浦々(笑)
これまでに訪問したお城を紹介します。

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岩室城
2012/3/31記
(2011/8/1訪問)

一の郭から二の郭を見上げる
●概要●
岩室城の築城年代は不明だが、1160年にあった平治の乱の際、紀伊に滞在していた平清盛を京へ無事送り届けたという記録があり、その頃には湯浅氏が有田一帯を支配していたようである。その後、屋島の戦いに敗れた平重盛の子・平忠房を湯浅氏が匿っているが、岩室城での3ヶ月の籠城戦ののち降伏している。湯浅氏はその後も有田一帯の所領を安堵され、次第に勢力を増し「湯浅党」と呼ばれる一大勢力となった。だが、南北朝時代に南朝方についた湯浅党は1379年、北朝方の山名氏により攻め滅ぼされた。その後、紀伊守護となった畠山氏は広城を築いて本拠とし、岩室城と鳥屋城を附城とした。戦国時代になっても畠山氏は紀伊守護であり続けたが、雑賀党とともに豊臣秀吉に逆らい続けたため攻め滅ぼされた。城跡は遺構が曲輪などが良好に残り、入口まで車で登ることができる。

●歴史●
平安時代 湯浅宗重が築城したと伝わる。
1185(文治元)年 屋島の戦いに敗れ湯浅宗重のもとに身を隠していた平家の残党を源頼朝が攻める。湯浅氏は降伏し、所領を安堵されている。
1400(応永7)年 畠山基国が紀伊守護となり、弟の畠山満国が城を修築。
1585(天正13)年 豊臣秀吉の紀州征伐で畠山氏が抵抗したため攻め落とされる。


城跡へはみかん畑の道を山頂まで登る

城跡の入口

現地説明板(クリックで拡大)

城址碑

●地図● 和歌山県有田市宮原町東(岩室山)
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