ドライブ&ツーリングでどこへ行こう・・・
そんな時お城をターゲットに走ることを思いつきました。
そして気が付いたら全国津々浦々(笑)
これまでに訪問したお城を紹介します。

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堀内新宮城
2011/10/16記
(2011/7/31訪問)

全龍寺山門
●概要●
堀内氏は熊野新宮別当を代々務め、熊野新宮宮司として新宮一帯を支配していた。氏善は豊臣秀吉による紀州征伐には当初抵抗していたが後に服従した。1585年に豊臣秀吉から本領を安堵され、四国征伐や朝鮮の役などで熊野水軍を率いて活躍。1591年には熊野惣地に任命された。だが、関ヶ原の戦で義父・九鬼義隆とともに西軍に属し、伊勢に攻め込んだが、居城である新宮城が東軍に攻め落とされたため、紀伊加田村に隠棲した。その後、西軍への加担が積極的なものではなかったとして許され、肥後の加藤清正に2000石で仕えて宇土城の城代となり、1615年に熊本城で没した。現在、館跡は全龍寺となっており、水堀の名残である水路が寺の周囲を巡っている。

●歴史●
長禄年間
(1457〜61年の間)
新宮の佐野より全龍寺に館を移す。四方に堀を巡らせたため「堀の内殿」と呼ばれ、堀内姓を名乗るようになった。
1600(慶長5)年 関ヶ原の戦で堀内氏善は西軍につき、伊勢を攻めた。だが、西軍の敗報を聞いて逐電した。新宮城(全龍寺)は東軍の和歌山城主・桑山一晴により攻め落とされた。


全龍寺の周囲に残る水堀の跡

説明板と石碑

●地図● 和歌山県新宮市千穂1丁目(全龍寺)

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