ドライブ&ツーリングでどこへ行こう・・・
そんな時お城をターゲットに走ることを思いつきました。
そして気が付いたら全国津々浦々(笑)
これまでに訪問したお城を紹介します。

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滝野川城
2013/1/18記
(2011/8/13訪問)

金剛寺山門

●概要●
滝野川城は豊島氏の一族・滝野川氏により文明年間(1469〜87年の間)に築かれた。滝野川は石神井川の別名で、滝のように勢い良く流れる様子がその名の由来となっている。豊島氏は1477年の長尾景春の乱で太田道灌により滅ぼされたことを考えると、両者が武蔵の権益をめぐって対立を深める中で築かれたと考えられる。当地は1180年に源頼朝が陣を張った「松橋」の地であり、頼朝は石神井川河岸の洞窟に祀られた弘法大師の作と伝わる弁財天戦勝祈願した。戦いに勝利して鎌倉に幕府を開いた頼朝は弁天堂を建立し、所領の田地を寄進したと伝わる。当時から金剛寺があったとされるが、位置が城と重なるため、寺勢が衰えた室町時代中期に城として利用されたのではないかと考えられる。現在は城跡に金剛寺があるが、河岸はコンクリートで護岸されており、言い伝えのある弁財天は金剛寺の本尊となっている。

●歴史●
1180(治承4)年 源頼朝が当地に陣を敷く。その時に弁財天に戦勝祈願をした。
鎌倉時代初期 源頼朝により田地の寄進を受け、金剛寺は栄える。
文明年間
(1469-77年の間)
豊島氏の一族・滝野川氏により城が築かれる。
1477(文明9)年 上杉景春の乱で豊島氏が太田道灌により滅ぼされる。この時に滝野川氏も滅び廃城になったと考えられる。
天文年間
(1532-55年の間)
阿闍梨宥印が北条氏康に訴え、真言宗の道場として金剛寺を再興。

●地図● 東京都北区滝野川3丁目

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