ドライブ&ツーリングでどこへ行こう・・・
そんな時お城をターゲットに走ることを思いつきました。
そして気が付いたら全国津々浦々(笑)
これまでに訪問したお城を紹介します。

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二宮城
2013/5/4記
(2013/4/27訪問)

かつては有力な比定地だった二宮神社

●概要●
二宮城は、1356年に大石信重により築かれた。信重は木曾家教の3男として生まれ、実子のなかった大石為重の養子となった。大石氏は足利尊氏の従兄弟で山内上杉氏の始祖・上杉憲顕に仕えていた。大石氏は1368年にあった平一揆の後、討伐された河越氏の旧領を引き継いだと思われる。信重から数代は武蔵守護代として活躍した大石氏であったが、1440年にあった結城合戦の最中に当主・大石憲儀が没すると、山内上杉氏の家宰・長尾景仲が武蔵守護代に就き、大石氏の衰退が始まった。1455年に足利成氏が挙兵し、享徳の乱が勃発。分倍河原の戦いで当主・大石房重が討死してしまった。その跡を継いだ大石顕重は、扇谷上杉氏が河越城や江戸城を築いたことに対応して、多摩川流域を制圧する目的で高月城を築き、本拠を移した。二宮城の所在地は現在も確定していない。従来は二宮神社が有力な比定地だったが、1972年に行われた発掘調査では戦国時代の遺構が発掘されなかったため、比定地から外された。その後、1982年に法林寺館から北に300m程の所にある新興住宅街で行われた発掘調査で、戦国時代のものと見られる建物跡が発掘されたため、最有力候補となっている。

●歴史●
1356(延文元)年 大石信重が武蔵国入間・多摩の両郡に13郷を得て多摩に移住し、二宮に館を構えた。
1384(至徳元)年 信重は浄福寺城を築城。
1458(長禄2)年 信重の玄孫・大石顕重が高月城を築き、二宮城から本拠を移した。

●地図● 東京都あきる野市二宮

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