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ドライブ&ツーリングでどこへ行こう・・・

そんな時お城をターゲットに走ることを思いつきました。

そして気が付いたら全国津々浦々(笑)

これまでに訪問したお城を紹介します。




徳島県のお城
川島城(かわしま)吉野川市
徳島城(とくしま)徳島市
日和佐城(ひわさ)海部郡美波町
撫養城(むや)鳴門市





撫養城
2016/2/20更新
2009/9/19記
(2007/8/19訪問)

模擬天守
●概要●
正確な築城時期は不明であるが、三好氏配下の小笠原氏により守られてきた。足利将軍家とも縁があり、管領・細川高国に追放された10代将軍・足利義稙や、織田信長に京を追われた14代将軍・足利義栄がこの地へ落ち延び、没している。戦国時代には三好氏の配下の四宮氏が城主となっていたが、長宗我部元親が阿波国を占領すると、配下の真下飛騨守が城主となった。豊臣秀吉が四国を制圧すると、蜂須賀家政が阿波国の領主となり、益田正忠を城番としてこれを守らせた。その後、徳川幕府の「一国一城令」により1638年、廃城とされ破却された。1830年には旧城主・四宮氏の子孫と近藤利兵衛が共同で城跡に妙見神社を建立。さらに、1965年には地元鳴門市出身の人類考古学者・鳥居龍蔵の業績を記念した博物館として模擬天守が建てられた。この博物館は2010年に移転の予定がある。

●歴史●
  築城年代は不明。小笠原氏によって守られていた
戦国時代 三好氏配下の四宮氏が城主となっていた
1582(天正10)年 長宗我部元親が阿波国へ侵攻。配下である真下飛騨守が城を守備。
1585(天正13)年 豊臣秀吉の四国征伐により、蜂須賀家政が阿波国の領主となる。
配下の益田正忠を城番とした。
1638(寛永15)年 一国一城令により廃城となる。
1830(天保元)年 旧城主・四宮氏の子孫と近藤利兵衛が共同で城跡に妙見神社を建立。
1965(昭和40)年 鳥居記念博物館として3重の模擬天守が建てられた。
2010(平成22)年 11月に鳥居記念博物館が移転。

●鳥居記念会館(模擬天守)●
開館時間 9:30〜17:00
常設展観覧料 一般200円、高校・大学生100円、小・中学生50円
※土日、春夏秋冬休みは高校生以下無料
※祝日は全員無料
休館日 月曜日(祝日の場合はその翌日)、12月29日〜1月4日

●地図● 徳島県鳴門市撫養町林崎(妙見山公園内)
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