ドライブ&ツーリングでどこへ行こう・・・
そんな時お城をターゲットに走ることを思いつきました。
そして気が付いたら全国津々浦々(笑)
これまでに訪問したお城を紹介します。

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津和野城
2009/9/13記
(2008/8/8訪問)

麓から見た本丸の石垣
 
●概要●
元寇の翌年、沿岸防備のため吉見頼行が地頭としてこの地に赴任し、津和野盆地の南西部に横たわる標高367メートルの山上に築かれた。吉見氏が14代にわたり居城としたが、関ヶ原の戦に敗れ退去。代って島左近軍を関ヶ原で破った坂崎直盛が城主となった。江戸時代には津和野藩亀井氏の居城であったが、藩庁は山麓の津和野盆地に置かれた。

●歴史●
1283(弘安5)年 元寇の翌年、沿岸防備のため吉見頼行が地頭としてこの地に赴任した。
1295(永仁3)年 三本松城(津和野城の旧名)の築城を開始。
1324(正中元)年 2代・頼直の時に完成。
1554(天文23)年 11代当主・正頼は大内氏を滅ぼした陶晴賢に攻撃され、100日以上に及ぶ籠城戦の末にこれを撃退した。この際に毛利軍の援護を受け、以後、毛利氏に属した。
1600(慶長5)年 14代当主・広長は毛利配下として大坂城を守ったが西軍が敗れ、毛利氏とともに萩に移住した。
代わって坂崎直盛が入城し、城の大改修を行った。大手の位置を搦手側に改め、出丸や織部丸、天守を築いた。
1616(元和2)年 直盛は千姫事件で改易となった。
1617(元和3)年 亀井政矩が入城。以後、明治維新まで11代にわたり亀井氏の居城となった。
1686(貞享3)年 落雷による火災が発生。天守も焼失し、以後再建されることはなかった。
1871(明治4)年 廃藩置県により廃城。翌年、山上の城は解体された。


物見櫓

馬場先櫓

城址碑と説明板

案内図(クリックで拡大表示)

石垣

古図(クリックで拡大表示)

●100名城スタンプ設置場所●
リフト茶屋
運行時間 10:00〜17:00
運休日 12月〜2月の平日(土日祝日は運行)
利用料 往復で大人450円、小学生400円

●地図● 島根県鹿足郡津和野町町田
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