ドライブ&ツーリングでどこへ行こう・・・
そんな時お城をターゲットに走ることを思いつきました。
そして気が付いたら全国津々浦々(笑)
これまでに訪問したお城を紹介します。

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唐津城
2014/12/28改訂
2009/3/1記
(2007/8/23訪問)

松浦川の対岸から見た唐津城天守
 
●概要●
江戸時代初期の1602(慶長7)年に築城。江戸時代を通じて唐津藩の藩庁となった。廃城となっていた名護屋城の遺材を使用し、九州各地の諸大名の助力を得て築かれた。柳川堀、佐賀堀、肥後堀、薩摩堀など築城に協力した藩の名が残っている。築城に際して東唐津側と地続きであった満島山を切り離し、松浦川がそこから唐津湾に注ぐよう流路を変更した。広高は土木事業に長けており、防風林として松原の保護育成を行った。これが日本三大松原として今日に残る虹の松原となっている。廃城後、本丸は舞鶴公園となり、二の丸・三の丸跡は市街地となった。現存する遺構としては石垣と堀があり、模擬天守や復興の櫓や門が建てられている。

●歴史●
1595(文禄4)年 豊臣秀吉の家臣・寺沢広高がこの地に入封。
1600(慶長5)年 広高は関ヶ原の戦いで東軍につき、肥後国天草郡を加増された。
1602(慶長7)年 本格的に築城を開始。
1608(慶長13)年 完成。
1637(寛永14)年 島原・天草の乱。寺沢堅高は天草領4万石を没収された。
1647(正保4)年 堅高が江戸藩邸で自殺。嗣子がなかったために寺沢家は断絶となった。
寺沢氏が改易となると一時天領となった。
1649(慶安元)年 播磨国明石城主・大久保忠職が城主となった。
1678(延宝6)年 大久保氏が下総国佐倉城へ移封。同地より大給松平乗久が入城。
1691(元禄4)年 大給松平氏が志摩国鳥羽城に移封。同地より土井利益が入城。
1762(宝暦12)年 土井氏が下総国古河城に移封。三河国岡崎城より水野忠任が入城。
1817(文化14)年 水野忠邦が出世目的で遠江国浜松城に移封。陸奥国棚倉城より小笠原長昌が入城。
以後明治維新まで小笠原氏の居城となった。
1871(明治4)年 廃藩置県により廃城。建造物は解体された。
1877(明治10)年 舞鶴公園となった。
1966(昭和41)年 模擬天守が築かれ、門・櫓が再建された。
1989(平成元)年 肥後堀と石垣が復元された。
1992(平成4)年 二の丸跡に時の太鼓が復元された。
1993(平成5)年 三の丸辰巳櫓が復元された。
2008(平成20)年 石垣再築整備事業開始(〜2019年度完了予定)



●案内●
開館時間 9:00〜17:00(入館は16:40まで)
入館料 15歳以上410円、4〜14歳200円
休館日 12月29日〜31日

東城内駐車場
普通車 1時間以内100円、2時間以内300円、2時間超400円
夜間(22:00〜翌6:00)は300円
大型車 1時間以内400円、2時間以内900円、2時間超1300円
夜間(22:00〜翌6:00)は1000円

●地図● 佐賀県唐津市東城内

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