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ドライブ&ツーリングでどこへ行こう・・・

そんな時お城をターゲットに走ることを思いつきました。

そして気が付いたら全国津々浦々(笑)

これまでに訪問したお城を紹介します。




沖縄県のお城
安慶名城(あげな)うるま市
伊計城(いけ)うるま市
伊祖城(いそ)浦添市
糸数城(いとかず)南城市
伊波城(いは)うるま市
浦添城(うらそえ)浦添市
大里城(おおざと)南城市
御物城(おもの)那覇市
垣花城(かきのはな)南城市
勝連城((かつれん)うるま市
具志川城(ぐしかわ)糸満市
具志川城(ぐしかわ)うるま市
具志頭城(ぐしちゃん)八重瀬町
越来城(ごえく)沖縄市
座喜味城(ざきみ)読谷村
佐敷城(さしき)南城市
首里城(しゅり)那覇市
勢理城(じり)八重瀬町
多々名城(たたな)八重瀬町
玉城城(たまぐすく)南城市
知念城(ちねん)南城市
知花城(ちばな)沖縄市
中城城(なかぐすく)北中城村
今帰仁城(なきじん)今帰仁村
名護城(なん)名護市
南山城(なんざん)糸満市
真壁城(まかべ)糸満市
三重城(みい)那覇市
八重瀬城(やえせ)八重瀬町
山田城(やまだ)恩納村
屋良城(やら)嘉手納町
屋良座森城(やらざむい)那覇市





浦添城
2012/8/11記
(2012/6/30訪問)

浦添ようどれ(復元)
●概要●
浦添城は12世紀頃に舜天により築かれたと伝わる。尚巴志により首里城に遷都されるまで中山王統の王城であった。東西に長い琉球石灰岩の独立丘陵上に築かれ、東西約400m、南北約70mの規模である。地理的に中山の丁度中央に位置するため、東西南北を監視するのに適している。また、地形が防御に適していたため太平洋戦争の際に日本軍の拠点となり、3週間にわたってアメリカ軍からの攻撃を受け続けた。そのため地形が変わる程破壊された。その後、採石や墓地造成などによる改変も受けたが、1982年に始まる発掘調査より復元の機運が高まり、2005年には王陵である浦添ようどれが復元された。何度も激しく破壊されてはいるが、元々あった石積みもわずかに残っている。

●歴史●
12世紀末 舜天により築かれたと伝わる。
1338年 察度が浦添按司となる。
1372年 察度は弟・泰期を明に派遣し、中国との貿易を開始する。
1393年 察度は城内に高麗瓦葺きの高楼を建立した。
1406年 中山王・武寧が尚巴志に攻め滅ぼされた。
首里城へ遷都するまで尚巴志の父で中山王となった尚思紹が居城とした。
1609年 薩摩軍に侵攻され焼失。
1945(昭和20)年 米軍との11回にわたる激しい戦闘により破壊される。
2005(平成17)年 浦添ようどれが復元され、一般公開される。


一の郭

わずかに残る石積み

復元された石積み

現地案内板(クリックで拡大)

●地図● 沖縄県浦添市仲間
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