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ドライブ&ツーリングでどこへ行こう・・・

そんな時お城をターゲットに走ることを思いつきました。

そして気が付いたら全国津々浦々(笑)

これまでに訪問したお城を紹介します。




沖縄県のお城
安慶名城(あげな)うるま市
伊計城(いけ)うるま市
伊祖城(いそ)浦添市
糸数城(いとかず)南城市
伊波城(いは)うるま市
浦添城(うらそえ)浦添市
大里城(おおざと)南城市
御物城(おもの)那覇市
垣花城(かきのはな)南城市
勝連城((かつれん)うるま市
具志川城(ぐしかわ)糸満市
具志川城(ぐしかわ)うるま市
具志頭城(ぐしちゃん)八重瀬町
越来城(ごえく)沖縄市
座喜味城(ざきみ)読谷村
佐敷城(さしき)南城市
首里城(しゅり)那覇市
勢理城(じり)八重瀬町
多々名城(たたな)八重瀬町
玉城城(たまぐすく)南城市
知念城(ちねん)南城市
知花城(ちばな)沖縄市
中城城(なかぐすく)北中城村
今帰仁城(なきじん)今帰仁村
名護城(なん)名護市
南山城(なんざん)糸満市
真壁城(まかべ)糸満市
三重城(みい)那覇市
八重瀬城(やえせ)八重瀬町
山田城(やまだ)恩納村
屋良城(やら)嘉手納町
屋良座森城(やらざむい)那覇市



日本百名城
北海道・東北 根室半島チャシ跡群(北海道)
五稜郭(北海道)
松前城(北海道)
弘前城(青森県)
根城(青森県)
盛岡城(岩手県)
多賀城(宮城県)
仙台城(宮城県)
久保田城(秋田県)
山形城(山形県)
二本松城(福島県)
鶴ヶ城(福島県)
白河小峰城(福島県)
関東地方 水戸城(茨城県)
足利氏館(栃木県)
箕輪城(群馬県)
金山城(群馬県)
鉢形城(埼玉県)
川越城(埼玉県)
佐倉城(千葉県)
江戸城(東京都)
八王子城(東京都)
小田原城(神奈川県)
甲信越地方 武田氏館(山梨県)
甲府城(山梨県)
海津城(長野県)
上田城(長野県)
小諸城(長野県)
松本城(長野県)
高遠城(長野県)
新発田城(新潟県)
春日山城(新潟県)
中部地方 高岡城(富山県)
七尾城(石川県)
金沢城(石川県)
丸岡城(福井県)
一乗谷城(福井県)
岩村城(岐阜県)
岐阜城(岐阜県)
山中城(静岡県)
駿府城(静岡県)
掛川城(静岡県)
犬山城(愛知県)
名古屋城(愛知県)
岡崎城(愛知県)
長篠城(愛知県)
伊賀上野城(三重県)
松阪城(三重県)
近畿地方 小谷城(滋賀県)
彦根城(滋賀県)
安土城(滋賀県)
観音寺城(滋賀県)
二条城(京都府)
大阪城(大阪府)
千早城(大阪府)
竹田城(兵庫県)
篠山城(兵庫県)
明石城(兵庫県)
姫路城(兵庫県)
赤穂城(兵庫県)
高取城(奈良県)
和歌山城(和歌山県)
中国地方 鳥取城(鳥取県)
松江城(島根県)
月山富田城(島根県)
津和野城(島根県)
津山城(岡山県)
備中松山城(岡山県)
鬼ノ城(岡山県)
岡山城(岡山県)
福山城(広島県)
吉田郡山城(広島県)
広島城(広島県)
岩国城(山口県)
萩城(山口県)
四国 徳島城(徳島県)
高松城(香川県)
丸亀城(香川県)
今治城(愛媛県)
湯築城(愛媛県)
松山城(愛媛県)
大洲城(愛媛県)
宇和島城(愛媛県)
高知城(高知城)
九州・沖縄 福岡城(福岡県)
大野城(福岡県)
名護屋城(佐賀県)
吉野ヶ里遺跡(佐賀県)
佐賀城(佐賀県)
平戸城(長崎県)
島原城(長崎県)
熊本城(熊本県)
人吉城(熊本県)
府内城(大分県)
岡城(大分県)
飫肥城(宮崎県)
鶴丸城(鹿児島県)
今帰仁城(沖縄県)
中城城(沖縄県)
首里城(沖縄県)
首里城
2016/2/17更新
2012/8/10記
(2012/6/30訪問)

正殿
●概要●
首里城は築城年および築城者は不明だが、14世紀ごろには築かれたと考えられている。当時は三山時代と呼ばれており、首里城を含む中山の王城は浦添城であった。だが、1406年に尚巴志が浦添城の察度王朝を滅亡させると首里城を王城と定め、明治時代まで琉球の中心地であり続けた。尚巴志は那覇港の拡張整備にも力を入れており、その後の貿易国としての基盤を築きあげた。だが、1879年に行われた「琉球処分」により首里城が強制的に日本政府により接収されてからは荒れるに任せ、太平洋戦争の戦火により完全に破壊された。その後、1950年には跡地に琉球大学が建設されたが、守礼門の復元を皮切りに徐々に再建が進み、1979年に琉球大学が移転してから本格的な復元が開始された。そして1992年には正殿が完成し、翌年放送された大河ドラマ「琉球の風」の舞台になった。尚、2000年には「琉球王国のグスク及び関連遺産群」として世界遺産に登録されたが、首里城での対象は玉陵、園比屋武御嶽石門などであり、復元された建物は含まれていない。

●歴史●
14世紀 グスク時代に築かれたと考えられている。
1406〜27年の間 尚巴志は中山王・武寧を滅ぼした後、首里城を王城とした。
1453年 第一尚氏の尚金福王死去後、王位争い(志魯・布里の乱)により焼失。
1660年 2度目の焼失。11年かけて再建された。
1709年 火災により正殿・北殿・南殿などが焼失。薩摩藩からの原木提供により1715年に再建。
1945(昭和20)年 太平洋戦争の戦火により焼失。
1958(昭和33)年 守礼門が再建され、復元が始まる。
1972(昭和47)年 歓会門と周囲の城郭が再建される。
1979(昭和54)年 琉球大学が首里城跡から移転。復元工事が本格化する。
1989(平成元)年 正殿などの再建が始まる。
1992(平成4)年 11月3日に正殿を中心とする首里城公園が開園する。
2000(平成12)年 「琉球王国のグスク及び関連遺産群」の名で世界遺産に登録された。


守礼門

園比屋武御獄石門(世界遺産)

歓会門

瑞泉門

漏刻門

広福門

奉神門

現地案内板(クリックで拡大)

尚巴志
尚思紹の子。中山、北山、南山を統一し、琉球初の統一王朝を興した。尚思紹は鮫川大主とも呼ばれ、伊平屋島から佐敷の馬天港へ渡ってきた。ここで独自に交易を行って得た鉄により農具や武器を蓄え、次第に勢力を拡大した。尚巴志は21歳で佐敷按司となると1402年(29歳の時)に近隣の島添大里を攻め滅ぼし、その4年後には中山王・武寧を滅ぼした。武寧は酒色に溺れて人心を失っており、内応者が続出したという。ここで父・尚思紹を中山王に即位させ、第一尚氏王統が成立した。1416年(43歳の時)には北山の攀安知を攻略。攀安知は武勇に優れていたが独裁的であったため投降者が相次ぎ、最後は腹心であった本部大原により討ち取られたという。1421年に父・尚思紹が死去すると王位に就き、1429年(56歳の時)には南山の他魯毎を攻め滅ぼした。他魯毎は尚巴志の所有する金屏風がどうしても欲しくなり、水源地である嘉手志川と交換した。そのため南山の人々は嘉手志川の水を勝手に使うことが出来なくなり、尚巴志側に寝返る者が後を絶たなかったという。

琉球処分
1609(慶長14)年に薩摩藩・島津氏が首里城にまで進軍した。尚寧王は兵を募り抵抗したが劣勢であり、和睦を申し入れて首里城を開城した。これにより琉球王国は薩摩藩の付庸国となったが、これ以後も清国への朝貢は続けており、半ば独立国としての体裁を保ち続けていた。明治政府は1871(明治3)年に廃藩置県を行ったが、琉球は清国との冊封関係、琉球独自の年号使用を続け、明治政府による藩王・尚泰の上京要請を拒み続けていた。そのため1879(明治12)年3月、処分官・松田道之が警官・兵など約600人で首里城に乗り込み、武力的威圧のもとで、廃藩置県を布達。首里城の明け渡しを命じ、沖縄県が設置された。これにより王統による支配は終わり、琉球の王族は日本の華族とされた。

●100名城スタンプ設置場所●
首里杜館(無料区域)、系図座・用物座(無料区域)、北殿(有料区域)
有料区域(正殿周辺) 無料区域
入園料 大人820円、高校生620円、
小中学生310円、6歳未満無料
無料
開園時間 4〜6月 8:30〜19:00(入場は閉園30分前まで)
7〜9月 8:30〜20:00
10〜11月 8:30〜19:00
12〜3月 8:30〜18:00
4〜6月 8:00〜19:30
7〜9月 8:00〜20:30

10〜11月 8:00〜19:30
12〜3月 8:00〜18:30
休園日 7月の第1水曜日とその翌日 年中無休
※首里杜館は有料区域と同じ
駐車場 大型車960円、小型車320円
4〜6月 8:00〜20:00
7〜9月 8:00〜21:00
10〜11月 8:00〜20:00
12〜3月 8:00〜19:00
※7月の第1水曜日とその翌日は休場

●地図● 沖縄県那覇市首里金城町
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