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ドライブ&ツーリングでどこへ行こう・・・

そんな時お城をターゲットに走ることを思いつきました。

そして気が付いたら全国津々浦々(笑)

これまでに訪問したお城を紹介します。




沖縄県のお城
安慶名城(あげな)うるま市
伊計城(いけ)うるま市
伊祖城(いそ)浦添市
糸数城(いとかず)南城市
伊波城(いは)うるま市
浦添城(うらそえ)浦添市
大里城(おおざと)南城市
御物城(おもの)那覇市
垣花城(かきのはな)南城市
勝連城((かつれん)うるま市
具志川城(ぐしかわ)糸満市
具志川城(ぐしかわ)うるま市
具志頭城(ぐしちゃん)八重瀬町
越来城(ごえく)沖縄市
座喜味城(ざきみ)読谷村
佐敷城(さしき)南城市
首里城(しゅり)那覇市
勢理城(じり)八重瀬町
多々名城(たたな)八重瀬町
玉城城(たまぐすく)南城市
知念城(ちねん)南城市
知花城(ちばな)沖縄市
中城城(なかぐすく)北中城村
今帰仁城(なきじん)今帰仁村
名護城(なん)名護市
南山城(なんざん)糸満市
真壁城(まかべ)糸満市
三重城(みい)那覇市
八重瀬城(やえせ)八重瀬町
山田城(やまだ)恩納村
屋良城(やら)嘉手納町
屋良座森城(やらざむい)那覇市





中城城
2016/10/22確認
2016/2/16更新
2012/8/19記
(2012/6/30訪問)

三の郭城壁
●概要●
中城城は14世紀に先中城按司により築かれたと考えられている。石垣の積み方が複数みられ、南の郭は野面積み、一の郭と二の郭は布積み、三の郭、北の郭は相方積みとなっている。座喜味城から移ってきた護佐丸により三の郭、北の郭が加えられて現在の形になったとされるため、それ以前にも数度に渡って増築されたと考えられる。城は標高約160mの丘陵上にあり、東側は断崖となっている。貿易港であった屋宜港からも近く、周囲を見渡すことのできる要衝の地にある。築城の名手・護佐丸の遺構として名高いが、1458年に阿麻和利に攻められ自害した後も城として使われた。江戸時代には薩摩藩の番所が置かれ、戦前まで中城村役場として利用されてきた。沖縄のグスク跡として遺構の保存状態がとても良いことで知られており、当地を訪れたアメリカのペリー提督も石垣の見事さに感嘆したという。2000年11月には首里城跡等とともに「琉球王国のグスク及び関連遺産群」としてユネスコの世界遺産に登録された。

●歴史●
14世紀中頃 先中城按司の初代が台城に居城を構え中城城を築き始めた。
1440年 護佐丸が王命により、座喜味城から移封。勝連城の阿麻和利からの攻撃に備え、三の郭と北の郭を増築。
1458年 月見の宴の最中、阿麻和利が中城城を急襲し、護佐丸は討死した。
1470年 中城城は世子である中城王子の採地となる。
1729年 薩摩藩が一の郭に中城間切番所を置く。
1853年 ペリー提督が中城城跡の調査測量等を行う。
1882(明治15)年 番所の一室を利用し、中城小学校が開設される。
1908(明治41)年 町村制の実施により城跡が中城村役場となる。
1945(昭和20)年 第二次世界大戦により村役場は焼失。戦後、役場は奥間に再建された。
1950(昭和25)年 3月5日、「中城公園」が開園。
1961(昭和36)年 中城城跡石垣修復事業開始(1968年に終了)。
2000(平成12)年 12月2日、「琉球王国のグスク及び関連遺産群」として世界遺産に登録された。

遠景

現地にあるミニチュア模型(クリックで拡大)

裏門

一の郭からの眺め

●100名城スタンプ設置場所● 2016年10月22日現在
券売所・管理事務所
開園時間 8:30〜17:00(5月〜9月は8:30〜18:00)
年中無休
入園料 大人400円、中高生300円、小学生200円


●地図● 沖縄県中頭郡北中城村大城
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