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ドライブ&ツーリングでどこへ行こう・・・

そんな時お城をターゲットに走ることを思いつきました。

そして気が付いたら全国津々浦々(笑)

これまでに訪問したお城を紹介します。




沖縄県のお城
安慶名城(あげな)うるま市
伊計城(いけ)うるま市
伊祖城(いそ)浦添市
糸数城(いとかず)南城市
伊波城(いは)うるま市
浦添城(うらそえ)浦添市
大里城(おおざと)南城市
御物城(おもの)那覇市
垣花城(かきのはな)南城市
勝連城((かつれん)うるま市
具志川城(ぐしかわ)糸満市
具志川城(ぐしかわ)うるま市
具志頭城(ぐしちゃん)八重瀬町
越来城(ごえく)沖縄市
座喜味城(ざきみ)読谷村
佐敷城(さしき)南城市
首里城(しゅり)那覇市
勢理城(じり)八重瀬町
多々名城(たたな)八重瀬町
玉城城(たまぐすく)南城市
知念城(ちねん)南城市
知花城(ちばな)沖縄市
中城城(なかぐすく)北中城村
今帰仁城(なきじん)今帰仁村
名護城(なん)名護市
南山城(なんざん)糸満市
真壁城(まかべ)糸満市
三重城(みい)那覇市
八重瀬城(やえせ)八重瀬町
山田城(やまだ)恩納村
屋良城(やら)嘉手納町
屋良座森城(やらざむい)那覇市





知花城
2012/12/15記
(2012/7/1訪問)

遠景
●概要●
築城者および築城年、城主などは不明だが、鬼大城最期の地として知られる。鬼大城は第一尚氏の6代王・尚泰久に仕え、勝連城の阿麻和利を討ち取った武将である。正確な年は不明だが、その後第二尚氏の祖・尚円王により火攻めに遭いこの地で討ち取られた。城跡は標高88mの小さな山に築かれており、中国製の陶磁器などが出土する。城跡へは東側の道から案内どおりに進み、急な階段を登ると辿り着く。一の郭跡にはコンクリート製の展望台があり、沖縄市内を一望できる。

●歴史●
1458年 阿麻和利を討ち取った功により、鬼大城が越来、具志川、美川を与えられる。
1469年頃 尚円王に攻められた鬼大城が知花城で討たれる。

●写真●

一の郭へはここから入る

頂上には展望台がある

鬼大城の墓への入口

一の郭への登城口

展望台からの眺め
鬼大城(おにうふぐすく)
鬼大城は具志川の喜屋武城主の長男で、本名は大城賢勇という。背が高く武勇に優れていたため「鬼大城」と呼ばれていた。鬼大城は教養もあり、即興でおもろを詠むこともあったという。尚泰久が越来王子の頃から仕えており、この時の上司が金丸であったという。尚泰久の娘・百十踏揚が阿麻和利に嫁いだ時には付き人として勝連城に赴いた。だが、1458年、阿麻和利が宿敵・護佐丸を討った勢いで首里城を攻めようとした時、百十踏揚とともに首里城へ逃れ、王朝側の大将として阿麻和利を討伐。その功により越来・具志川・美里を与えられ、百十踏揚を妻とした。だが、尚泰久王が亡くなると、クーデターにより王となった第二尚氏の祖・尚円王(金丸)に攻められ、知花城で討ち取られた。百十踏揚は乱を逃れ、玉城で余生を送った。鬼大城の墓は知花城南斜面の崖にある。

●地図● 沖縄市知花
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