ドライブ&ツーリングでどこへ行こう・・・
そんな時お城をターゲットに走ることを思いつきました。
そして気が付いたら全国津々浦々(笑)
これまでに訪問したお城を紹介します。

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津山城
(別名・鶴山城)
2009/7/22記
(2008/5/4訪問)

備中櫓
 
●概要●
別名・鶴山城(かくざんじょう)。津山盆地の中央部に位置する。城の宮川、南の吉井川と西の藺田川(いだがわ)を外郭とし、丘陵の断崖を防御線に取り入れている。天守は破風を持たない4重5階の独立型層塔形式で、小倉城天守を模して造られたいわれている。しかし、1873(明治6)年の廃城令により他の建物と共に破却された。鶴山公園となった明治30年頃より桜が多数植えられ、日本さくら名所100選にも選ばれている。2005(平成17)年には備中櫓が復元された。

●歴史●
1441〜44
(嘉吉年間)
美作国の守護大名であった山名教清が、一族の山名忠政に現在の津山城のある丘陵に鶴山城を築かせた。
1469〜87
(文明年間)
応仁の乱で山名氏が衰退。鶴山城は廃城となる。
1603(慶長8)年 森忠政が18万6千石で入封し津山藩が立藩。津山城の建設に着手した。
城地の名を「鶴山」から「津山」に改めた。
1616(元和2)年 5層の天守、櫓や城門など80余棟が建ち並ぶ大規模な城郭が完成。
1697(元禄10)年 森氏が断絶。安芸国広島藩主・浅野綱長の預かりとなる。
1698(元禄11)年 松平宣富(越前家)が越後高田藩より10万石で入封。
1873(明治6)年 廃城令により競売される。
1875(明治8)年 建物が悉く破却される。
1900(明治33)年 城跡は町有化され鶴山公園となる。
2002(平成14)年 築城400年記念行事の一環として、備中櫓復元工事に着手。
2005(平成17)年 備中櫓を復元
2006(平成18)年 天守台南側に太鼓塀を復元。

森 忠政(もり ただまさ)

幼名を千丸。1570(元亀元)年、美濃金山城に生まれた。本能寺の変で織田信長を守り、悲運の最期を遂げた森蘭丸の弟である。1584(天正12)年、兄・長可の戦死により家督を継ぎ、豊臣秀吉に仕えて金山7万石を与えられた。のち徳川家康に仕え、1600(慶長5)年、信濃川中島13万7000石を領す。同8年には美作国一円18万6500石を与えられ、津山に入封。翌9年より築城に着手した。また城下の町づくりを始め、現在の津山の基をなした。1634(寛永11)年、3代将軍家光に随伴して津山より上京するが、食傷により急死。享年65歳。
忘れ去られた石

平成10年の台風10号通過後、津山市大谷の石山登山道近くの谷川で、津山城築城時に切り出されたと思われる石が発見された。重さは2.3トン。近くにある「津山城石切場跡にある矢穴と同じ大きさのものが石の上下に計9箇所残っている。津山城築城時に切り出された石の一部であることは間違いなく、何らかの理由で築城現場まで運ばれなかったようだ。この石は「忘れ去られた石」と名づけられた。平成16年3月に谷川から引き上げられ、同年5月の津山城築城400年記念事業で「歴史石曳き」として市内中心部を曳かれた後、津山城に運ばれた。

●100名城スタンプ設置場所●
備中櫓受付

●案内● 2016/2/21現在
津山城(鶴山公園)
開園時間 4月1日〜15日「津山さくらまつり」期間 7:30〜22:00
4月16日〜9月 8:40〜19:00
10月〜3月   8:40〜17:00
休園日 12月29日〜31日
入園料 大人300円、中学生以下無料

●地図● 岡山県津山市山下

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