ドライブ&ツーリングでどこへ行こう・・・
そんな時お城をターゲットに走ることを思いつきました。
そして気が付いたら全国津々浦々(笑)
これまでに訪問したお城を紹介します。

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庭瀬城
(別名・芝場城)
2010/8/14記
(2010/8/1訪問)

清山神社
 
●概要●
室町時代末頃、備中松山の三村元親は備前の固めとしてこの地に築城した。附近の地名から芝場城(こうげじょう)とも呼ばれた。一帯は泥沼地でひじょうな難工事であった。1602年に宇喜多家の重臣・戸川肥後守達安が入り、古城を拡げ城下町を整えた。1669年に板倉氏の居城となり明治を迎えた。自然石の石垣をめぐらした堀もよく残り、沼城の典型を示している。1793年、板倉勝喜は城内に清山神社を建て板倉氏中興の祖・重昌、重矩父子を祭り歴代の遺品を収蔵した。(現地案内板より)

●歴史●
1559(永禄2)年 三村元親が、備前国・宇喜多氏の侵攻に備える為に築かせたと伝わる。
1582(天正10)年 羽柴秀吉の備中高松城水攻めの際に、毛利方の国境防備の城「境目七城」の一つとなり、城主の井上有景が800余人を率い守備する。和議の後は「境目の城」としての役割を終えて一度廃城となる。
1602(慶長6)年 宇喜多氏の重臣・戸川達安が入部し、城を拡充し城下町を整備する。
1679(延宝7)年 庭瀬藩4代藩主・戸川安風が9歳で早世し、嗣子が無かった為 庭瀬藩は断絶する。
1699(元禄12)年 板倉重高が2万石で入封し、明治維新までの約170年間を支配した。
1793(寛永5)年 板倉勝喜は城内に板倉氏中興の祖重昌、重矩父子を祭る清山神社を建てた。
1869(明治2)年 廃城となる。

●地図● 岡山市北区庭瀬

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