ドライブ&ツーリングでどこへ行こう・・・
そんな時お城をターゲットに走ることを思いつきました。
そして気が付いたら全国津々浦々(笑)
これまでに訪問したお城を紹介します。

なぽのブログを検索 なぽのホームページを検索

TopPage > 岡山県
鬼ノ城
2010/8/15記
(2010/8/1訪問)

復元西門
 
●概要●
663 年の白村江の戦いで百済に援軍をおくっていた日本は、唐・新羅の連合軍に大敗。唐・新羅の侵攻を恐れた朝廷は、西日本各地に防衛施設を築いた。鬼ノ城もそれらの一つである。鬼ノ城は神籠石式山城であり、朝鮮半島由来の古代城である。標高400〜600mの吉備高原の南縁に築かれ、総社平野と足守川中流域平野を一望できる遠望絶景の地にある。城壁は幅約7m、高さ約6mあり、高石垣を交えつつ、強固な土塁を2 .8Kmにわたって巡らせている。城壁の内外に平たい石が敷かれているが、これは城壁を守るために設けられたと考えられている。城門は東西南北の4か所にあり、いづれも通路部分に敷石がある。西門・南門はほぼ同規模で、12本の柱で支えられた楼門と考えられている。城内は、30haに及ぶ広大さで、城庫とみられる礎石建物跡も6から7棟発見されている。城壁の谷部には水門が6箇所設けられている。いずれも下半部が石垣、上部が土塁であり、城内の水を管理するための排水口として機能した。鬼ノ城は,古代の正規の歴史書には登場しないが、温羅(うら)伝説が伝わる。「百済の王子・温羅(うら)が備中国の新山に城を構え、西国から都へ送る物資を奪ったので、人々は恐れて「鬼ノ城」と呼び、都へその暴状を訴えた」というもので、地名もこれに由来している。この他に城内には貯水池とみられる湿地が数ヶ所ある。さらに兵舎、各種の作業場なども予測されるが未発見である。

●歴史●
1971(昭和46)年 城壁の基礎となる列石が見つかり、古代山城と認識された。
2003(平成15)年 西門が復元された。


高石垣と土塁

敷き石

●100名城スタンプ設置場所● 2016/2/21現在
鬼城山ビジターセンター
開館時間 9:00〜17:00(入館は16:30まで)
休館日 毎週月曜日
・月曜日が祝日の場合はその翌日
・連休に月曜日が含まれている場合は、連休明け最初の平日
年末年始(12月29日〜1月3日)

●地図● 岡山県総社市奥坂
TopPage > 岡山県