ドライブ&ツーリングでどこへ行こう・・・
そんな時お城をターゲットに走ることを思いつきました。
そして気が付いたら全国津々浦々(笑)
これまでに訪問したお城を紹介します。

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中津城
【2015/1/3更新】
2009/1/2記
(2007/8/24訪問)

模擬天守
 
●概要●
周防灘に臨む山国川の支流・中津川河口に築城された平城である。堀には海水が引き込まれており、今治城・高松城と並ぶ日本三大水城の一つに数えられる。別名「扇城(せんじょう)」と呼ばれているように、全体ではほぼ直角三角形をした縄張りであった。天守が建てられたかは依然不明だが、建てられなかったという説が有力である。江戸時代の絵図には天守は描かれておらず、川沿いにあった鉄門脇の三重櫓が天守の代用となっていたと考えられている。現在、本丸の北東隅櫓跡には5重5階の天守と二重櫓があるが、これは萩城天守を模して鉄筋コンクリート造で建てられたものである。

●歴史●
1587(天正15)年 黒田孝高(如水)が、豊臣秀吉より豊前国6郡を与えられ築城に着手。
1600(慶長5)年 黒田家は関ヶ原の戦いの功により筑前転封。
細川忠興が入封し、大修築を開始する。
1602(慶長7)年 忠興は小倉城築城に着手し、小倉城を主城とする。
1621(元和7)年 扇形の縄張りに拡張され、中津城が完成。
1632(寛永9)年 細川家が熊本藩へ転封。
小笠原長次が入封し中津藩が成立。以後、中津藩の政庁・藩主の居城となる。
1717(享保2)年 奥平昌成が入封。明治維新まで奥平家の居城となった。
1871(明治4)年 廃藩置県により御殿を残し、その他建造物を破却。
1877(明治10)年 西南戦争の際、西郷隆盛挙兵に呼応した中津隊の襲撃により御殿が焼失。
1964(昭和39)年 旧藩主奥平家が中心となり、市民らの寄付を合わせて模擬天守が建造される。
2007(平成19)年 城を所有する中津勧業は、模擬天守を含め土地、建物を売却する方針を示した。
2010(平成22)年 埼玉県の民間企業への売却決定(建物のみ)
2012(平成24)年 管理運営を一般社団法人中津城に移管

●縄張図●


●案内●
開館時間 9:00〜17:00
入館料 高校生以上400円、中学生以下200円、未就学児は無料
(中津市民は高校生以上350円、中学生以下150円、未就学児は無料)
休館日 無休

●地図● 大分県中津市(二ノ丁本丸)

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