ドライブ&ツーリングでどこへ行こう・・・
そんな時お城をターゲットに走ることを思いつきました。
そして気が付いたら全国津々浦々(笑)
これまでに訪問したお城を紹介します。

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窪之庄城
2012/5/6記
(2011/8/5訪問)

牛頭天王社
●概要●
窪之庄城は興福寺大乗院門跡領である窪荘下司職が窪城氏が館を築いたことに始まると考えられる。窪城氏は鎌倉時代に東大寺領だった頃から当地を支配しており、室町時代に興福寺領となってから窪城氏を名乗るようになったものとみられる。大和では筒井氏と越智氏の争いが続き、各国人はその時々の状況に応じて去就が変わるのが一般的であるが、窪城氏はほぼ一貫して筒井氏に従い続けた。これは15世紀末ごろに筒井氏が古市氏に圧倒されて一時牢人となった頃も変わらなかった。城域は牛頭天王社境内に東殿があり、南北に走る大堀切を挟んで西殿がある。その北側には空堀があり、南側の環濠集落を外郭とする構造であった。現在も郭や堀切が明瞭に残されている。

●歴史●
1444(嘉吉4)年 鬼薗山城を巡る攻防戦では筒井方に属し、古市氏の攻撃を受けた。
1477(文明9)年 応仁の乱以降は古市氏に従った。
1506(永正3)年 筒井氏に攻められて落城。以後筒井氏に従う。
1568(永禄11)年 松永久秀に攻められ落城。
1570(元亀元)年 松永氏より奪回する。
1571(元亀2)年 5月に松永久秀に攻められたが窪城道久が撃退。辰市城合戦勝利の要因となる。
1576(天正4)年 石山合戦で討死して、窪城氏が断絶。


東側から見た大堀切

上から見た大堀切

●地図● 奈良市窪之庄町

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