ドライブ&ツーリングでどこへ行こう・・・
そんな時お城をターゲットに走ることを思いつきました。
そして気が付いたら全国津々浦々(笑)
これまでに訪問したお城を紹介します。

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高島城
2015/11/28更新
2011/2/12記
(2007/7/28訪問)

復興天守

●概要●
かつては諏訪湖に突き出した水城で「諏訪の浮城」と呼ばれ、日本三大湖城の一つに数えられている。だが、江戸時代に諏訪湖の干拓が行われ、「水城」の面影は失われた。諏訪氏に替わってこの地を治めた日根野高吉により、総石垣造で8棟の櫓、6棟の門、3重の天守などが建てられた。だが、この地は地盤が軟弱なため、木材を筏状に組み、その上に石を積むなどの当時の最先端技術が用いられた。それでも石垣が傷みやすく、度々補修工事を加える必要があったという。短期間で築城したためかなり無理をしたらしく、墓石、石仏まで用いられたという伝承が残る。明治時代に建造物は破却されたが、1970年に天守をはじめ、櫓、門などが復元された。現在は高島公園として市民憩いの場となっている。

●歴史●
1590(天正18)年 諏訪頼忠が武蔵国奈良梨に転封となり、日根野高吉が茶臼山にあった旧高島城に入城する。
1592(文禄元)年 7年かけて現在の地である諏訪湖畔に新しく城を築いた。
1601(慶長6)年 日根野氏は下野国壬生藩に転封となり、諏訪頼水が入封。再び諏訪氏が領主となり明治維新まで続いた。
1626(寛永3)年 徳川家康六男・松平忠輝を預かる。そのために南の丸を増設し監禁場所とした。
以後、南の丸は幕府から預かった流人の監禁場所となる。
1871(明治4)年 廃藩置県により高島県となり、県庁舎として利用された。
1875(明治8)年 天守以下建造物は破却もしくは移築され、石垣と堀のみとなった。
1876(明治9)年 高島公園として一般に開放される。
1900(明治33)年 諏訪護國神社が建てられる。
1970(昭和45)年 本丸に天守・櫓・門・塀が復元された。

●案内●
開館時間 4月〜9月 9:00〜17:30
10月〜3月 9:00〜16:30
休館日 12月26日〜31日
館内清掃日(年に数回)
入館料 大人300円、4歳〜中学生150円

●地図● 長野県諏訪市高島1丁目

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