ドライブ&ツーリングでどこへ行こう・・・
そんな時お城をターゲットに走ることを思いつきました。
そして気が付いたら全国津々浦々(笑)
これまでに訪問したお城を紹介します。

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多賀城
2016/3/6更新
2010/4/27記
(2010/4/24訪問)

政庁跡

●概要●
律令時代に陸奥国に設置された城で、畿内の中央政権が東北地方を制圧するため軍事的拠点としていた。創建は724(神亀元)年、按察使・大野東人が築いたとされる。8世紀初めから10世紀半ばまで存続し、その間大きく4回の造営が行われた。政庁がある丘陵の麓には条坊制による都市が築かれ、砂押川の河川交通と奥大道の陸上交通が交差する土地として長く繁栄した。建武新政期と南北朝時代初期、多賀城には陸奥将軍府が置かれた。奥州将軍府は多賀城の陥落後、将軍府の中心的武将、伊達行朝の所領である伊達郡の霊山に移転した。

●歴史●
724(神亀元)年 陸奥国府が郡山遺跡(仙台市太白区)より大野東人により北進移転。
780(宝亀11)年 伊治呰麻呂の乱で一時焼失した後に再建された。
802(延暦21)年 坂上田村麻呂が蝦夷への討伐を行い、鎮守府は胆沢城まで北進移転した。
1052(永承7)年 源頼義が陸奥国司に赴任。前九年の役(〜1063年)
1083(永保3)年 後三年の役。源義家が陸奥守に赴任。
1333(元弘3)年 北畠顕家が陸奥守鎮守大将軍に任命され、後醍醐天皇の皇子である義良親王を陸奥太守として多賀城に陸奥将軍府が開かれた。
1337(延元2)年 足利方の攻勢により国府を霊山(福島県相馬市および伊達市)に移転。


土塁が復元されている

石敷広場跡

●100名城スタンプ設置場所●
・国府多賀城駅構内(2階公衆電話横)と多賀城市埋蔵文化財調査センター
   
多賀城市埋蔵文化財調査センター(常設展示室)
開館時間 9:00〜16:30(入館は16:00まで)
休館日 月曜日(祝日の場合はその翌日)
(月曜日は多賀城駅観光案内所にスタンプ設置)
祝日の翌日(土日除く) 年末年始(12月28日〜1月4日)
入館料 無料

●地図● 宮城県多賀城市市川

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