ドライブ&ツーリングでどこへ行こう・・・
そんな時お城をターゲットに走ることを思いつきました。
そして気が付いたら全国津々浦々(笑)
これまでに訪問したお城を紹介します。

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桑名城
2010/5/19記
(2010/5/15訪問)

二之丸堀
●概要●
戦国時代は土豪・伊藤武左衛門が東城を構えていた。織田信長が伊勢を征服すると滝川一益にこの地を与えたが、その後の豊臣秀吉の時代になるとめまぐるしく城主が交代した。徳川家康が関ヶ原の戦いに勝利した後は、本多忠勝に与えられ、東城をベースに近代城郭を構築。天守をはじめ51基の櫓を配し、船着場を設けるなど大規模な城へと変貌を遂げた。1701年に桑名市内で発生した火災により天守を焼失。以後再建されなかった。江戸時代末期の戊辰戦争では幕府側についたが、藩主が幕府軍とともに東北地方へ転戦中のため無血開城。新政府軍は勝利の証として城を焼き払った。石垣は四日市港の潮吹き堤防の資材として使われたが一部現存し、県史跡の指定を受けている。1928年に本丸・二之丸一帯が九華公園として整備され、2003年には蟠龍櫓が外観復元された。

●歴史●
1513(永正10)年 伊藤武左衛門が城館を築いた。
1574(天正2)年 織田信長が伊勢を征し、滝川一益がこの地を支配した。
1601(慶長6)年 徳川家康は四天王の一人・本多忠勝に桑名10万石を与えた。
忠勝は入封後、揖斐川沿いに大規模な近代城郭として整備した。
1617(元和3)年 2代・忠政は姫路藩に移封。
1701(元禄14)年 桑名市街の大火に巻き込まれ、天守を焼失。再建されなかった。
1823(文政6)年 松平定永(久松松平氏)が入城。鎮国守国神社を城内に勧進した。
1868(慶応4)年 鳥羽・伏見の戦いに敗れた旧幕府軍と共に藩主・松平定敬も江戸に向かった。藩主不在の桑名城は無血開城した。新政府軍は城を焼き払い開城の証とした。
1928(昭和3)年 本丸・二之丸一帯を整備し九華公園とした。
2003(平成15)年 国土交通省水門統合管理所として蟠龍櫓を外観復元した。


蟠龍櫓(外観復元)

本多忠勝像

本創建当時の石垣がわずかに残る

神戸櫓跡

●地図● 三重県桑名市吉之丸
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