ドライブ&ツーリングでどこへ行こう・・・
そんな時お城をターゲットに走ることを思いつきました。
そして気が付いたら全国津々浦々(笑)
これまでに訪問したお城を紹介します。

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二条城
2016/2/23更新
2008/7/17記
(2007/9/7訪問)

二の丸御殿
●概要●
京都市街の中にある平城で、京都観光の定番となっている。1601年、徳川家康の命により、板倉勝重が奉行となり着工。翌年3月に完成した。京都の守護と上洛の際の宿所がその目的で、はじめは小規模のものであった。家康の征夷大将軍の拝賀および2代・秀忠の将軍宣下はこの二条城で行なわれた。その後も造営は続けられ、1626年、3代将軍・家光が後水尾天皇を迎えた頃は5層の天守閣もそなえていた。しかし、1750年、雷火のため天守閣を焼失。また、1788年には大火にあい、本丸御殿、櫓などを焼失した。1863年、14台将軍・家茂が入城して攘夷の実行を誓い、1867年には15代将軍・慶喜がこの城中で大政奉還をしている。明治4年、二の丸内に京都府庁が設置され、明治17年、宮内省に属し、二条離宮と改称。明治26、7年には京都御所にあった桂宮御殿が移築され、本丸御殿と呼称されている。城構は平城で、東西約480m、南北360mあり、国宝二の丸御殿をはじめ、多くの建築物が重要文化財に指定されている。

●歴史●
1)足利尊氏から義満まで3代の「二条城」
  将軍家の屋敷を「二条陣」または「二条城」と呼んでいた。
  後に二条通になくても将軍家の屋敷を「二条陣」または「二条城」と呼ぶようになった。
2)室町幕府第13代将軍・足利義輝の「二条城」
1559(永禄2)年 足利義輝は旧管領・斯波武衛家の室町中御門邸の跡地に城郭風の邸宅を建て、ここに幕府を置いた。
1565(永禄8)年 永禄の変で松永久秀と三好三人衆の襲撃を受け、二条城は焼失。義輝も討たれた。
3)室町幕府第15代将軍・足利義昭の「二条城」
  当時は「武家御所」「武家御城」と呼ばれていた。
1568(永禄11)年 足利義昭は織田信長を後ろ盾として将軍に就任。
1569(永禄12)年 義昭は六条本圀寺を居所としていたが、三好三人衆による襲撃を受けた。信長は義輝の二条城のあった地を中心に、二重の堀や天主を備えた城を築城。
1573(元亀4)年 義昭は2度にわたり信長に対し挙兵。義昭側近の伊勢貞興と三淵藤英が守備していたが、包囲されると一戦も交えず降伏した。この際に御殿などは破壊され、天主や門は安土城の建築資材として再利用された。
4)織田信長・誠仁親王の「二条新御所」
  信長は京に滞在した際、二条家の屋敷の庭の眺望を気に入った。二条邸(二条殿)は当時空き家と
  なっていたので、譲り受けて改修することを京都所司代の村井貞勝に命じた。
1577(天正5)年 信長が入邸し、以後2年は「二条御新造」を京の宿所とした。
1580(天正7)年 信長はこの邸を誠仁親王に献上した。
1582(天正10)年 本能寺の変が起きると、信長の嫡子・信忠は誠仁親王らを避難させた上でここに籠城。明智勢と奮戦するが、信忠を始め貞勝らは討ち死にし、二条御所も灰燼に帰した。
5)豊臣秀吉の「二条第」
1583(天正11)年 豊臣秀吉は京都における拠点として「二条第」を構えた。妙顕寺を移転させその跡地に建設されたことから「妙顕寺城」とも呼ばれる。周囲に堀を巡らし天守もあった。聚楽第完成までの政庁として使われ、普段は前田玄以が在城した。
6)徳川家以降の「二条城」
1601(慶長6)年 徳川家康は上洛時の宿所として築城を開始。
1603(慶長8)年 御殿が完成。
1606(慶長11)年 天守も完成した。
1624(寛永元)年 後水尾天皇の行幸を迎えるため大改築。
1626(寛永3)年 行幸は5日間に渡って行なわれた。この行幸が二条城の最盛期である。
その後、幕末までの230年間、二条城は歴史の表舞台から姿を消し、風雨や地震、落雷で徐々に建物は破損した。
1750(寛延3)年 落雷により5層の天守を焼失。
1788(天明8)年 市中の大火により本丸殿舎、櫓を焼失する。
1863(文久3)年 第14代将軍・家茂は上洛のため荒れ果てていた二条城を改修。
二の丸御殿は全面的に修復し、本丸には仮御殿が建てられた。
1866(慶応2)年 二条城において一橋慶喜が第15代将軍拝命の宣旨を受ける。
1867(慶応3)年 この二条城で大政奉還、将軍職返上をした。
1871(明治4)年 二の丸御殿は京都府庁舎となった。
1873(明治6)年 陸軍省の所管に移された。
1884(明治17)年 宮内省所管となり「二条離宮」と改称した。
1894(明治27)年 京都御苑の旧桂宮邸を移築し、本丸御殿とする。
1915(大正4)年 大正天皇即位の儀式に二条城二の丸が使用された。
1939(昭和14)年 宮内省より下賜。それ以来「元離宮二条城」となった。


本丸御殿

唐門

東南隅櫓

東大手門

●案内●
開城時間 8:45〜16:00(閉城17:00)
休城日 12月26日〜1月4日
毎年1月・7月・8月・12月の毎週火曜日
※当該日が休日の場合はその翌日休城
入城料金 大人600円、中・高生350円、小学生200円、小学生未満無料

駐車場
乗用車216台、2時間まで800円以降1時間ごと200円
バス30台、2500円
二輪車400円
自転車200円

●地図● 京都市中京区二条通堀川西入二条城町

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