なぽのホームページ
ドライブ&ツーリングでどこへ行こう・・・
そんな時お城をターゲットに走ることを思いつきました。
そして気が付いたら全国津々浦々(笑)
これまでに訪問したお城を紹介します。
トップページに戻る なぽのホームページ/熊本県のお城へ なぽのホームページ/日本百名城へ
熊本城
2017/2/26更新(訪問日 1回目:2007/8/23、2回目:2008/8/6、3回目:2014/5/4)

大天守と小天守(2008/8/6撮影)
◆概要◆
日本三名城に数えられる熊本城は、1607年に加藤清正により築かれた。天守3基、櫓49基、櫓門18基、城門29基がある。「武者返し」と呼ばれる美しい曲線を描く石垣は有名。自然の地形を巧みに利用した独特の築城技術がみられる。加藤家2代、細川家11代の居城となった。1877年の西南戦争では新政府軍が薩摩軍を相手に50日余籠城し、難攻不落の城として真価を発揮した。しかし薩摩軍総攻撃の2日前、原因不明の出火により天守など主要な建物を焼失。現在の天守は1960年に、熊本国体の開催に合わせて再建されたものである。近年は本丸御殿や飯田丸五重櫓など着々と復元が進められていたが、2016年4月の熊本地震により天守をはじめ多数の建築物が倒壊。石垣も多くの箇所で崩落したため、城内の殆どが現在立入禁止となっている。復旧には長い歳月と多額の費用が必要とされており、20年以上かかると見られている。
◆歴史◆
1467〜77年 菊池一族の出田秀信、茶臼山東端に「千葉城」を築城。
1496年 鹿子木親員、茶臼山西南麓(現在の古城)に「隈本城」を築城。
1550年 大友宗麟が城主を城親冬にかえる。
1587年 豊臣秀吉が佐々成政を肥後の領主とする。
1588年 加藤清正が入城。
1601年 茶臼山に築城着手。
1607年 新城が完成。「隈本城」を「熊本城」に改称。
1632年 細川忠利が肥後54万石の領主として入城。
1877年 西南戦争で炎上。
1927年 宇土櫓解体修理。長塀改築。
1933年 熊本城全域が史跡に、建造物が国宝に指定される。
1950年 重要文化財に指定。
1955年 特別史跡に指定。
1960年 熊本城天守閣が復元落成。
1989年 数寄屋丸二階御広間復元。
1991年 台風19号で甚大な被害を受けたため、天守閣を大改修。
1993年 旧細川刑部邸を東子飼町から三の丸に移築復元。
2008年 本丸御殿が復元され、公開開始。
2016年 4月14日の熊本地震により大破。ほぼ全域が立入禁止となる。


市街地から見た熊本城(2014/5)

須戸口門と平御櫓(2014/5)

長塀(2008/8)

加藤清正像と天守(2008/8)

馬具櫓(2008/8)

宇土櫓(2014/5)

頬当御門(2008/8)

本丸御殿(2014/5)

飯田丸五階櫓(2014/5)

天守からの眺め
●100名城スタンプ設置場所●
桜馬場城彩苑・総合観光案内所
営業時間 9:00〜17:30
休館日 12月30日〜31日

●地図● 熊本市中央区丸の内

ページの一番上に戻る

トップページに戻る なぽのホームページ/熊本県のお城へ なぽのホームページ/日本百名城へ