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ドライブ&ツーリングでどこへ行こう・・・

そんな時お城をターゲットに走ることを思いつきました。

そして気が付いたら全国津々浦々(笑)

これまでに訪問したお城を紹介します。




愛媛県のお城
高知城(こうち)高知市
中村城(なかむら)中村市
現存12天守
弘前城(青森県)
松本城(長野県)
犬山城(愛知県)
丸岡城(福井県)
彦根城(滋賀県)
姫路城(兵庫県)
松江城(島根県)
備中松山城(岡山県)
丸亀城(香川県)
松山城(愛媛県)
宇和島城(愛媛県)
高知城(高知県)








高知城
2014/12/28更新
2008/6/9記
(2007/8/19訪問)

本丸御殿と現存天守
●概要●
高知平野のほぼ中心に位置し、鏡川と江の口川を外堀として利用している。現在見られる城は、土佐藩初代藩主・山内一豊によって着工され、2代藩主・山内忠義の時代に完成した。4層5階からなる天守は、一豊の前任地・掛川城の天守を模したと言われている。


掛川城天守(復元)

追手門と天守

創建当初の天守は大火により焼失したが、1729(享保14)年から26年の歳月をかけて復興された。廃城令や第二次大戦による空襲を逃れ、天守・御殿・追手門など15棟の建造物が現存している。高知城全域は高知公園として開放されており、本丸御殿・天守は懐徳館として資料館となっている。周辺には、高知市役所や高知県庁などの行政機関や司法機関が立ち並び、高知県の行政の中心地となっている。


山内一豊像

板垣退助像

●歴史●
南北朝時代 南朝方に付いた豪族・大高坂松王丸が、この地に大高坂山城を築いた。
1341(興国2)年 松王丸は北朝方の細川禅定、佐伯経定と戦い落城。廃城となる。
1587(天正15)年 長我部元親が土佐国一国を安堵され、九州遠征の後この地に築城。
1591(天正19)年 元親は水はけの悪い大高坂山城を捨て、桂浜の近くに浦戸城を建設した。
1601(慶長6)年 関ヶ原の戦いで長我部盛親は西軍に属したため改易。
山内一豊が掛川城から転入し、浦戸城に入った。
浦戸は城下町を開くには狭く、大高坂山に本丸の造営と鏡川・江の口川の治水工事に着手。
1603(慶長8)年 本丸と二の丸が完成。一豊は9月26日に入城。河中山城と改名。
1610(慶長15)年 第2代藩主・山内忠義は河中の名を忌み嫌い高智山城と改名した。
後に城の名は省略され高知城と呼ばれるようになった。
1611(慶長16)年 三の丸が竣工し高知城の縄張りが完成。
1727(享保12)年 高知城下は大火にみまわれ、追手門以外の殆どが焼失。
1729(享保14)年 第8代藩主・山内豊敷は城の再建に着手。
1748(寛延元)年 天守ほか櫓・門などが完成。天守は小振りとなったが焼失前の姿を復元。
1753(宝暦3)年 再建完了、現在見られる建造物の大半はこの時に再建された。
1873(明治6)年 廃城令に伴い高知公園となる。この際に現存建造物以外の建造物が破却された。
1934(昭和9)年 天守など15棟の建造物が国宝保存法に基づく国宝に指定。
1950(昭和25)年 天守等15棟は文化財保護法の施行により重要文化財となる。
1959(昭和34)年 6月18日、国の史跡に指定された。

●100名城スタンプ設置場所●
天守入口

●案内● 2016/2/20現在
天守・懐徳館・東多門・廊下門
開館時間 9:00〜17:00(入館は16:30まで)
GW及びよさこい祭期間中は閉館時間を延長することがある
入館料 18歳以上420円、18歳未満は無料
休館日 12月26日〜1月1日
※上記以外の場所には常に立ち入ることができる。

●高知公園駐車場●
普通車:最初の1時間360円、以後30分ごとに100円
バス:最初の1時間570円、以後30分ごとに220円

●地図● 高知市丸ノ内一丁目
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