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そんな時お城をターゲットに走ることを思いつきました。
そして気が付いたら全国津々浦々(笑)
これまでに訪問したお城を紹介します。
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真田城
2017/3/20更新(訪問日 2011/5/8)

城跡にある天徳寺
◆概要◆
平安時代末頃(1155〜1180年の間)に真田義忠(佐奈田義忠とも表記される)により築かれた。大根川と金目川に挟まれた北金目台地にあり、伊勢原道と秦野への脇道を抑える交通の要衝であった。室町時代になり扇谷上杉家の重臣・上田氏により修築されたが、山内上杉氏に攻められ落城した。廃城後に天徳寺が建立されて、現在に至っている。主郭は方形状で土塁に囲まれており、その北東端に櫓台の痕跡である土盛りが残されている。南東にある真田神社までが城域であったと考えられるが、周辺は宅地化が進み、遺構はかなり消滅している。

◆歴史◆
1155〜80年の間 三浦氏一門・岡崎義実の嫡男・義忠が城を築き、地名をとって真田義忠と名乗った。
1180年 真田義忠は石橋山の戦いで源頼朝に味方して討死し、子の岡崎盛実が城主となった。
1213年 和田義盛の乱で岡崎盛実は討死し、真田城も廃城となった。
1454年 扇谷上杉氏が真田の地を奪い、重臣の上田氏に守らせた。
1495年 伊勢宗瑞により小田原城を追われた大森藤頼が、真田古城を修築して入城した。
1498年 伊勢宗瑞に攻められ、大森藤頼が自害して落城した。
1504年 9月、山内上杉氏が扇谷上杉氏を立河原合戦で破った。
12月、山内上杉氏に味方する越後守護・上杉房能が攻め寄せ、扇谷上杉氏家臣の上田氏も討たれた。
1574年 鈴木隼人により天徳寺が建立された。

墓地に残る櫓台の跡

城域の南東にある真田神社

與一甚句の石碑
●地図● 神奈川県平塚市真田

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