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そんな時お城をターゲットに走ることを思いつきました。
そして気が付いたら全国津々浦々(笑)
これまでに訪問したお城を紹介します。
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小田原城
2017/3/20更新(訪問日 1回目:2004/7/7、最終:2013/3/16)

復興天守
◆概要◆
小田原城は2代目・北条氏綱から4代にわたり本拠地としていた。3代目・北条氏康の時には上杉謙信、武田信玄らに攻められながら撃退したほどの堅城である。八幡山から海側に至るまで小田原の町全体を取り囲み、総延長9kmの壮大な惣構えをもっていた。これは豊臣秀吉が築いた大坂城よりも規模が大きい。
1590年の豊臣秀吉による小田原征伐後、小田原城は徳川家康の腹心・大久保忠世が城主となった。2代目の大久保忠隣が改易となると、徳川家康は自ら数万の軍勢を率いてこの惣構えを破壊している。地方にこれ程大規模な惣構えがあることを警戒していたためと考えられている。その後阿部氏、稲葉氏が城主となるが、再び大久保氏が城主に復帰し、明治維新を迎えた。
現在の小田原城の主郭部分は、大久保氏が城主の時代に造営されたものである。江戸時代には2度、大地震に見舞われている。元禄の地震では天守・櫓などが倒壊し、宝永3年(1706年)天守が再建された。この再建天守は明治時代に解体されるまで存続した。明治時代には御用邸となっていたが、関東大震災により大破。昭和になり復元が始められ、1960(昭和35)年には天守が再建された。現在、城の中心部を復元が続いている。


案内図(拡大)

馬出門と隅櫓

馬屋曲輪から見た住吉橋

銅門

銅門と夜桜

常盤木門
●100名城スタンプ設置場所●
天守閣1階
開館時間 9:00〜17:00(入館は16:30まで)
(6〜8月の土日祝日は18:00まで)
入館料 大人410円、小中学生150円
休館日 12月第2水曜日、12月31日と1月1日

●地図● 神奈川県小田原市城内

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