ドライブ&ツーリングでどこへ行こう・・・
そんな時お城をターゲットに走ることを思いつきました。
そして気が付いたら全国津々浦々(笑)
これまでに訪問したお城を紹介します。

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七尾城
2016/2/28更新
2010/5/5記
(2010/5/2訪問)

桜馬場の石垣

●概要●
七尾畠山氏の初代当主・畠山満慶が1428年頃にこの地に築いたとされる。当初の七尾城は砦程度の規模と見られ、行政府である守護所は府中に置かれていた。その後次第に拡張され、以後約150年間にわたって領国支配の本拠となった。五代当主・畠山慶致の頃には守護所も府中から七尾城へと移されている。上杉謙信が包囲したが攻め落とすことができない程強固な城であった。最終的には兵糧攻めとなり、1年後に遊佐続光の内応によって開城された。その後、織田信長の支配地となり前田利家が入城。拠点を港に近い小丸山城に移したため、1589年に廃城となった。山城であったため市街地化を免れ、各曲輪の石垣のほとんどが現存している。

●歴史●
1428〜29(正長年間) 七尾畠山氏の初代当主で能登国守護の畠山満慶により築かれた。
能登では戦乱が続いたために増築された。
1576(天正4)年 上杉謙信が能登に侵攻し、七尾城を包囲。翌年9月に遊佐続光の内応により開城。
1578(天正6)年 上杉謙信が死去。
1579(天正7)年 畠山氏旧臣・温井景隆らが七尾城を奪還。
1581(天正9)年 織田信長が菅屋長頼を城代として派遣し、温井景隆は城を明け渡す。
その後、前田利家が能登一国を与えられ七尾城に入城。
1582(天正10)年 前田利家が小丸山に築城。七尾城には子の利政が入城。
1589(天正17)年 廃城となる。


本丸石垣

本丸

本丸からの眺め

二の丸

七尾城復元図

●スタンプ設置場所●
七尾城史資料館(七尾市役所文化課または守衛室でも可)
開館時間 9:00〜17:00(入館は16:30まで)
休館日 月曜日(祝日の場合はその翌日
祝日の翌日
冬季(12月11日〜3月10日)
入館料 大人200円、大学生・高校生160円、中学生以下無料

●地図● 石川県七尾市古城町
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