ドライブ&ツーリングでどこへ行こう・・・
そんな時お城をターゲットに走ることを思いつきました。
そして気が付いたら全国津々浦々(笑)
これまでに訪問したお城を紹介します。

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大宝城
2011/6/5記
(2011/6/4訪問)

本丸跡にある案内板と土塁

●概要●
大宝城は東西南を大宝沼に囲まれた台地上に築かれていた。大宝沼は北隣の関城周辺まで続いており、連絡は船を用いていた。南面は陸続きであったため、土塁を築いて防御線とした。この土塁は高さが5mほどある巨大なもので、大宝八幡宮の入口に現存している。南北朝時代に近隣諸城とともに南朝方となり、足利尊氏が派遣した高師冬の軍勢にたびたび攻められた。小田城落城後は関城とともに南朝方の最重要拠点となったが、関城との連絡が絶たれると次第に劣勢となり、1343年、ついに落城した。現在、城跡には大宝八幡宮をはじめ大宝小学校があり、周辺は宅地化されている。遺構はかなり消滅しているが、地形と本丸南面の土塁は旧状をよく残している。

●歴史●
1086(応徳3)年 下津間盛幹が初代城主となり、4代約100年にわたり居城とする。
1200年頃 源頼朝の命により大宝城は小山氏の城となり、以後は下妻姓を名乗った。
1341(興国2)年 春日中将顕国が興良親王を奉じ小田城より移る。
1343(興国4)年 北朝方の高師冬の猛攻を受け落城。城主・下妻政泰は討死した。
1344(興国5)年 春日中将顕国が大宝城を奪還するが、翌日には捕らえられた。


大宝八幡神社の参道入口

本丸南側の土塁。高さは5m程ある。

●地図● 茨城県下妻市大宝
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