ドライブ&ツーリングでどこへ行こう・・・
そんな時お城をターゲットに走ることを思いつきました。
そして気が付いたら全国津々浦々(笑)
これまでに訪問したお城を紹介します。

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笠間城
2008/12/7記
(2008/12/7訪問)

八幡櫓(真浄寺七面堂)

●概要●
鎌倉時代の承久年間(1219〜1221年頃)に下野守護・宇都宮頼綱の甥・笠間時朝によって築城されたと言われている。1590年の小田原征伐の際、笠間綱家が宗家の宇都宮氏に逆らい北条氏側についたため、同戦役後に宇都宮氏に攻められ笠間氏は滅亡した。その後、一時宇都宮氏が支配した後、蒲生郷成が入城し、織豊系城郭に改修されたと考えられている。1600年の関ヶ原の戦い後には松井松平家、小笠原氏、戸田松平家、永井氏、浅野氏、井上氏、本庄氏、再び井上氏が入った後、1747年に牧野貞通が入り以後8代続いて明治維新を迎えた。現在、山上の遺構は良く旧態を留めており、一部に後世の手が加えられているものの、石垣、堀等が残る。山麓居館部の保存状態は必ずしも良くないが、現在佐白山ろく公園として整備され公開されている。建造物の遺構としては、本丸八幡台上にあった八幡櫓が真浄寺に移築され現存する。また、薬医門形式の城門2棟が、市内の民家に移築され現存する。

●歴史●
1205(元久2)年 宇都宮頼綱が一族の塩谷朝業を派遣し、笠間の地を占拠。
1219(承久元)年 朝業の子の笠間時朝が笠間の地に移り、佐白山に築城を開始。
1590(天正18)年 小田原征伐の際に笠間綱家が宗家の宇都宮氏の命に逆らい北条氏に味方した。そのため小田原征伐後に宇都宮氏に攻められ落城。替わって宇都宮氏が支配した。
1598(慶長3)年 蒲生郷成が3万石で封じられ笠間城に入城。現在の形に城域を整備した。
1601(慶長6)年 松平康重が入城。
その後諸氏が封じられ城主は目まぐるしく入れ替わった。
1747(永享4)年 牧野貞通が8万石で封じられ、以後牧野氏が明治維新まで笠間の地を治めた。
1873(明治6)年 廃城令により廃城処分とされ、建物は取り壊された。

●地図● 茨城県笠間市佐白山

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