ドライブ&ツーリングでどこへ行こう・・・
そんな時お城をターゲットに走ることを思いつきました。
そして気が付いたら全国津々浦々(笑)
これまでに訪問したお城を紹介します。

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篠山城
2016/2/21更新
2008/12/29記
(2008/5/3訪問)

大書院
●概要●
 1609(慶長14)年、徳川家康は、松平康重を常陸国笠間城から丹波国八上城に移し、新城の築城を命じた。これは、山陰道の要衝である篠山盆地に城を築くことによって、大坂の豊臣氏をはじめとする西国諸大名の押さえとするのが目的であったとされる。篠山盆地中心部の丘陵である笹山を築城地と定め、藤堂高虎が縄張を担当した。普請総奉行を池田輝政が務め、15カ国20の大名の助役による天下普請により6ヶ月で完成した。築城当初より天守台はあるが天守は建設されなかった。これは石垣や堀をはじめとする城の造りがあまりにも堅固過ぎることを幕府が懸念したためと伝えられている。以後、松平三家8代、青山家6代の居城として明治を迎えた。
 明治維新後、城郭の遺構は大書院を残してほとんどが取り壊された。取り壊しから免れた大書院も1944(昭和19)年1月6日に失火により焼失した。2000年(平成12年)4月には大書院が復元され、現在も城周辺の整備がすすめられている。

●歴史●
1609(慶長14)年 天下普請により築城。松平康重が城主となった。
1619(元和5)年 松平康重は和泉国岸和田藩に移封となる。
松平信吉が城主となる。
1620(元和6)年 松平信吉が死去。子の忠国が継いだ。
1649(慶安2)年 松平忠国は播磨明石藩へ移封。
摂津高槻藩より松平康信が城主となる。
1748(寛延元)年 松平信岑が丹波亀山藩に移封。
青山忠朝が城主となる。以後6代続き明治を迎える。
1871(明治4)年 廃城となり、大書院を残し他の建築物は取り壊された。
1944(昭和19)年 失火により大書院が焼失。
2000(平成12)年 大書院を再建。


入口

天守台(右側の少し高い所)


●100名城スタンプ設置場所●
大書院チケット売場

●案内●
篠山城大書院
開館時間 9:00〜17:00(受付は16:30まで)
休館日 毎週月曜日(月曜日が祝日の場合は開館し、翌日休館)
年末年始(12月25日〜1月1日)
入館料 大人400年、高校生・大学生200円、小学生・中学生100円、6歳未満無料

●地図● 兵庫県篠山市北新町

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