ドライブ&ツーリングでどこへ行こう・・・
そんな時お城をターゲットに走ることを思いつきました。
そして気が付いたら全国津々浦々(笑)
これまでに訪問したお城を紹介します。

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出石城
2011/1/18記
(2008/5/3訪問)

現存・西櫓
●概要●
平安時代に但馬国守護となった山名時義が、此隅山城を築き本拠としていた。だが、1569年に織田信長家臣・羽柴秀吉による但馬遠征で落城した。山名氏は城を失ったが、今井宗久の仲介により領地に復帰。5年後に有子山山城を築いて本拠を移した。しかし、山名氏は毛利氏に味方したため、羽柴秀吉による第二次但馬征伐で有子山城は落城し、山名氏は滅亡した。その後、前野氏、小出氏が城主を務めた。1604年、小出吉英により有子山城が廃され、山麓に出石城が築かれた。この時に城下町も整備された。江戸時代に小出氏が無嗣改易となると松平忠周が城主となった。1706年に仙石政明が入城し、廃藩置県まで仙石氏の居城となった。明治時代に廃城となり出石城も取り壊されたが、辰鼓櫓、堀、石垣などが残され現存。また、隅櫓、登城門・登城橋などが復元された。現在は整備されて観光地となっている。
 
●歴史●
1574(天正2)年 山名祐豊が標高321mの有子山山頂に有子山城を築く。
1580(天正8)年 羽柴秀吉による第二次但馬征伐で有子山城は落城した。
1585(天正13)年 前野長康が城主となる。
1595(文禄4)年 小出吉政が城主となる。
1604(慶長9)年 小出吉英により有子山城が廃され、山麓に出石城が築かれた。
1696(元禄9)年 小出英及が3歳で死去し、小出氏は無嗣改易となった。
松平忠周が城主となる。
1706(宝永3)年 仙石政明が城主となる。廃藩置県まで仙石氏の居城となった。
明治時代 廃城令で取り壊されたが、辰鼓櫓、堀、石垣などが現存。
1967(昭和43)年 隅櫓が復元された。
1994(平成6)年 登城門・登城橋が復元された。

●地図● 兵庫県豊岡市出石町内町
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