ドライブ&ツーリングでどこへ行こう・・・
そんな時お城をターゲットに走ることを思いつきました。
そして気が付いたら全国津々浦々(笑)
これまでに訪問したお城を紹介します。

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明石城
2016/2/21更新
2009/1/18記
(2008/5/5訪問)

坤櫓と巽櫓
●概要●
JR明石駅の北側にあり、ホームからよく見える。1617(元和3)年、信州松本より明石藩主となった小笠原忠真は船上城に入城したが、一国一城令により大半の建造物は破却されていた。2代将軍・徳川秀忠は譜代大名10万石の城としてふさわしい城郭を建設するよう命令。伏見城、三木城、船上城の遺材を使用し着工された。明石川を自然の堀としており、南側は港を兼ねた外堀(現在の明石港)とした。天守台は築かれたが天守は建設されず、四隅に櫓が建てられた。そのうち南側の2棟(坤櫓:南西側と巽櫓:南東側)年が現存し、国の重要文化財に指定されている。1995(平成7)年年の阪神・淡路大震災で櫓や石垣は大きな被害を受けたが全面修復された。毎週土日には月替わりで坤櫓、巽櫓の1階内部を公開しているが、雨天の場合は公開中止となる。現在は明石公園として整備され、桜の名所として有名である。

●歴史●
1617(元和3)年 信州松本より明石藩主となった小笠原忠真が船上城に入城。
2代将軍・徳川秀忠が譜代大名10万石にふさわしい城郭を建設するよう命令。
1619(元和5)年 ほぼ完成。天守は建てられなかった。
1632(寛永9)年 小笠原忠真が豊前国小倉藩に転封。
1633(寛永10)年 松平康直が7万石で入城。
1639(寛永16)年 松平氏が美濃国加納藩に転封。大久保忠職が7万石で入城。
1649(慶安2)年 忠職は肥前国唐津藩に転封。松平忠国が7万石で入城。
1679(延宝7)年 忠国の子・信之が大和国郡山藩に転封。本多政利が6万石で入城。
1682(天和2)年 苛政を責められ、陸奥国岩瀬藩に1万石に減知転封。越前家の松平直明が6万石で入城。以後、明治維新まで親藩松平氏の居城となった。
1739(元文4)年 2代藩主・松平直常が城を大修築。
1874(明治7)年 廃城令により廃城。
1881(明治14)年 北東の艮櫓が解体された。
1901(明治34)年 北西の乾櫓が解体された。
1883(明治16)年 明石町内の有志により整備され明石公園となる。
1898(明治31)年 皇室の御料地となる。
1918(大正7)年 兵庫県が御料地を借り受け、県立明石公園として開園した。
1995(平成7)年 阪神・淡路大震災により大きな被害を受ける。
1999(平成11)年 修復が完了。同時に巽櫓と坤櫓を繋ぐ塀が復元された。

坤櫓

巽櫓


●100名城スタンプ設置場所●
明石公園サービスセンター
業務時間 8:45〜17:00
ただし、毎月1日は9:00〜17:00
休業日 12月29日〜1月3日

●地図● 兵庫県明石市明石公園
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