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そんな時お城をターゲットに走ることを思いつきました。
そして気が付いたら全国津々浦々(笑)
これまでに訪問したお城を紹介します。

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人見城
●地図・アクセス● 群馬県安中市松井田町人見 2017/9/24(訪問日 2014/5/17)
◆概要◆
築城年代や城主等不詳です。 大宮神社境内にある縄張図付きの説明板では、南北朝時代に人見恩和の城であったと書かれています。 しかし、ググって見ると人見恩和は武蔵国榛沢郡人見郷(埼玉県深谷市)を本拠とする猪俣党の一派でした。 人見恩和は『太平記』にたびたび登場するため、各地の「人見」で彼の伝承があるそうです。 その『太平記』によれば、人見恩和は1333年2月に鎌倉幕府軍の一員として楠木正成の赤坂城を攻めた際に戦死しています。 当地の「人見」の由来は「見張り台」だそうです。 河岸段丘の地形を利用した崖端城で、深い堀や土塁、馬出しなど、戦国時代の城の特徴を備えています。


大宮神社境内にある案内図

大宮神社

南側は住宅街になっています

ここから藪の中に入りました
人見城は崖端城で、大宮神社から城跡に入る道があります。 城跡の南側(崖の上側)は住宅街となっており、面影はありません。 遺構は住宅街の北側の竹藪の中に眠っています。 城内へは大宮神社から入れるのですが、案内図を2か所で撮影ながら、なぜか住宅街の端のゴミ収集場所脇から突入しました。

土塁


櫓台
竹藪に突入すると、いきなり土塁が現れました。 案内図に乗っている登城路は、崖下から登る道でした。 私が住宅街脇から藪に突入したのは、おそらく「登る」という行為が面倒に感じたからだと思われます。 今でも、地図の等高線とにらめっこしながら「どうすれば楽に登城出来るか」しか考えていませんので(汗) 土塁の裏側は堀があり、堀底をなぞるように進みました。 すると、すぐに「櫓台」と書かれた案内の付いた土盛りが現れました。 案内図では本丸の所に描かれており、横着した甲斐あって、ヤブ突入から3分で到達しました。

「たて堀」は竹藪に埋もれています

整備された場所もあります

大宮神社へと続く道
その後も堀跡を辿りながら歩ける所を進むと、今度は「たて堀」と書かれた案内を見つけました。 確かに土がザックリ削られて堀状に窪んではいますが、写真ではただの竹藪にしか見えません。 堀底を進む内に竹が刈られた綺麗な場所に出ました。 道のようになっており、奥に大宮神社の屋根が見えました。

馬出し

馬出し内部

馬出しの脇の堀
神社からの道を見つけてすぐ、今度は「馬出し」の案内を見つけました。 しかし、周りは凄いヤブで土塁があると感じるので精いっぱいでした。 どこがどうなっているのか見当も付かず、どちらからどちらを隠しているのか実感できませんでした。 ただ、内側に入ると狭いながら土塁に囲まれているのはわかりました。

大宮神社境内にある縄張り図