ドライブ&ツーリングでどこへ行こう・・・
そんな時お城をターゲットに走ることを思いつきました。
そして気が付いたら全国津々浦々(笑)
これまでに訪問したお城を紹介します。

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福島城
2010/4/27記
(2010/4/24訪問)

大手門跡

●概要●
福島城がいつ築城されたかは不明である。1413年に伊達松犬丸(後の伊達持宗)が懸田定勝とともに鎌倉公方へ反乱を起こした際、立て籠もった大仏城が後の福島城といわれる。平城ではあるが、城の東方と南方は阿武隈川や荒川が流れており、天然の要害である。大仏城は後に杉目城と改められ、天文の乱後は伊達氏家臣の牧野相模守の所領になっている。このころの信夫郡(現在の福島市一帯)の中心的城郭は晴宗の弟・伊達実元の居城・大森城であった。1591年の奥州仕置で蒲生氏郷の領地となり、大森城は木村吉清が城主となった。木村吉清は翌1592年に杉目城を福島城と改称し、大森城から居城を遷した。このときから、福島城が信夫郡の中心になった。その後、福島は上杉氏の支配を経て天領となり、1679年に本多忠国が領主となる。その後、天領、堀田氏の時代を経て1702年に板倉重寛が福島藩3万石の領主として入城した。以来、幕末まで約170年間は福島藩板倉氏の居城となった。現在の福島城跡一帯には、福島県庁をはじめビルが立ち並んでおり、庭園跡である紅葉山公園や県庁南に残存している土塁の一部のみが残る。

●歴史●
1413(応永20)年 伊達松犬丸(後の伊達持宗)が懸田定勝とともに反乱を起こした際に立て籠もった。
1564(永禄7)年 伊達晴宗が杉目城で隠居生活を送る。
1598(慶長3)年 上杉景勝領となり、本庄繁長が城代となる。
1600(慶長5)年 伊達政宗が信夫郡に侵攻。上杉軍が守り切った。(松川の戦い)
1664(寛文4)年 信夫郡が上杉氏から没収され、天領となる。
1679(延宝7)年 本多忠国が福島藩15万石の領主となる。
1682(天和2)年 天領となる。
1686(貞享3)年 堀田正仲が福島藩10万石の領主となる。
1700(元禄13)年 堀田氏の移封により再び天領となる。
1702(元禄15)年 板倉重寛が福島藩3万石の領主となる、以後、幕末まで約170年間は板倉氏の居城となる。
1868(慶応4)年 9月2日、藩主・板倉勝己は二本松城へ常駐していた新政府軍に降伏。
城は新政府軍に引き渡された。
1869(明治2)年 板倉氏は三河国へ転封され、福島藩は消滅。
1873(明治6)年 城跡に陸軍鎮台分営が設置され、ほとんどの施設が破却された。


現在は福島県庁となっている

県庁裏にわずかに土塁が残っている

●地図● 福島市杉妻町

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