ドライブ&ツーリングでどこへ行こう・・・
そんな時お城をターゲットに走ることを思いつきました。
そして気が付いたら全国津々浦々(笑)
これまでに訪問したお城を紹介します。

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小倉城
2016/2/19確認
2008/6/11記
(2007/8/24訪問)

復興天守
 
●概要●
小倉城は紫川西岸にあり、現在は勝山公園となっている。大天守は最上階外廻縁が下層よりも張り出したいわゆる南蛮造りである。これは幕府に遠慮し、重数を少なく見せるためであったといわれている。昭和になり天守が復元されたが、装飾的な破風が多く見られる。だが、創建当時は最上層の入母屋破風を除き、装飾的な破風は無かったとされる。

●歴史●
文永年間(1264〜74年頃)に緒方大膳亮帷重が築いたとされる。
1587(天正15)年 森勝信が6万石を与えられ入城。秀吉により毛利に改姓。
1600(慶長5)年 毛利勝信は関ヶ原の戦いで西軍に付いたため改易。
細川忠興が中津城に入城。
1602(慶長7)年 40万石に相応しい居城として7年かけて小倉城を改築。
1632(寛永9)年 細川家が肥後国に移封。
播磨国から小笠原忠真が入城。
1837(天保8)年 火災により天守を焼失。天守は再建されなかった。
1866(慶応2)年 第二次長州征伐。小倉藩は長州藩の攻勢を受け小倉城から撤退。
8月1日、小倉藩の付火により小倉城を焼却。藩主は熊本城に退避。
1867(慶応3)年 長州藩と小倉藩で和平が成立。
小倉城は灰燼に帰していた為、藩庁は香春にあった奉行所に置かれた。
1959(昭和34)年 天守が外観復興された。

細川忠興
(ほそかわ ただおき)

1563年11月13日、細川藤孝の長男として京都で生まれる。15歳の時に紀州征伐で初陣。大変な戦上手で、政治家としても優れていた。教養人・茶人としても有名で、利休七哲の一人に数えられる。本能寺の変では明智光秀の誘いを拒否。光秀の滅亡を決定的にした。このとき父が隠居し、家督を継いだ。関ヶ原の戦では石田三成本隊と激闘を演じ、戦後は豊前中津39万9000石に加増移封された。その後小倉に移り、小倉城を築城。57歳で隠居し、3男・忠利に家督を譲った。忠利が熊本54万石に移封されると八代城に入り隠居。1645年12月2日に没した。享年83歳。

●争いの絶えない地●
小倉は関門海峡に臨む要衝の地であったため、古くから争いが絶えなかった。南北朝時代より大内氏、少弐氏、大友氏、菊地氏らの争奪の的となり、城主はめまぐるしく交代した。1586(天正14)年に九州平定の軍を進めた豊臣秀吉は、毛利勝信に8万石を与え小倉城主とした。勝信は関ケ原の合戦で西軍に属したため中津城主・黒田官兵衛の攻撃を受けた。毛利勝信は降伏し、子の勝永とともに京都へ落ち延びた。

●祇園祭の始まり●
1600(慶長5)年、関ケ原の戦いの功により細川忠興が中津城に入城。しかし地の利が悪く、1602(慶長7)年から小倉城の大修築を開始。5年の歳月を費やして5重6層の天守を中心とした近世城郭を築き上げた。国の商人や職人を城下に集めて商工業を育成し、活発に外国貿易も行った。また、城内に八坂神社を建て、祇園祭りを例祭としたのも忠興である。その後、忠興は嫡男の忠利に家督を譲り、自らは中津城に隠居した。1632(寛永9)年に熊本城主の加藤忠広(清正の子)が改易になり、忠利は熊本に転封した。

●南蛮造り●
創建当初の天守は4重5階の大天守と1重の小天守からなる連結式層塔型天守であった。大天守は最上階外廻縁が重数を少なく見せるために下層よりも張り出た南蛮造りであった。1959(昭和34)年、鉄筋コンクリートで天守を外観復興。装飾的な破風が多く見られ、姫路城大天守の破風の構成を模して造られている。だが、創建当時の天守は最上層の入母屋破風を除き、装飾的な破風は無かったといわれている。

●九州の見張りの地●
細川氏に替わり、徳川家康の外孫にあたる小笠原忠真が15万石で小倉城主となる。忠真は3代将軍・家光から西国諸大名の監視を命じられた。以後、小笠原氏は九州探題として10代続き、明治維新を迎える。

●城を燃やして撤退●
徳川幕府の第二次長州征伐に際して、小倉城は重要な軍事拠点であった。高杉晋作は奇兵隊を率い、夜陰に乗じて奇襲攻撃をしかけた。すると小倉城は大混乱に陥り、自ら城を焼き払って撤退した。小倉城が長州軍に占拠されたことは致命的な打撃となり、第二次長州征伐は失敗に終わった。


北九州市役所15階展望室より

リバーウォーク5階より

●案内●
開館時間 4〜10月 9:00〜18:00
11月〜3月 9:00〜17:00
(入館は閉館30分前まで)
休館日 年中無休
料金 大人350円、中高生200円、小学生100円

●地図● 北九州市小倉北区城内

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