ドライブ&ツーリングでどこへ行こう・・・
そんな時お城をターゲットに走ることを思いつきました。
そして気が付いたら全国津々浦々(笑)
これまでに訪問したお城を紹介します。

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大野城
2016/2/28更新
2009/9/11記
(2008/3/22訪問)

復興天守

●概要●
越前一向一揆を平定した恩賞として、金森長近は1575年、織田信長より越前国大野郡の3分の2を与えられた。はじめは戌山城を居城としたが、翌年から亀山に築城を開始。4年の歳月を経て完成した。長近が飛騨一国を与えられて移封すると織田秀雄が城主となったが、その後はたびたび城主が替わった。1682年に老中を辞任した土井利房が城主となり、以後8代続いた。城は1775年に焼失し、1795年に天守を除いて再建されたが、明治維新後に破却されている。現存する建築物としては真乗寺と光明寺に門がある。現在山頂に建つ天守は、1968年に元士族の寄付金によって再建されたものである。

●歴史●
1575(天正3)年 金森長近が越前国大野郡の内の3万石を与えられた。
1576(天正4)年 亀山に築城を開始。4年の歳月をかけて完成。
1586(天正14)年 金森長近が飛騨へ移封。織田秀雄が城主となる。
以後たびたび城主が代わる。
1682(天和2)年 老中を辞任した土井利房が4万石で城主となる。以後8代続いて明治を迎える。
1775(安永4)年 火災により焼失。
1795(寛政7)年 天守を除いて再建される。
明治時代 破却される。
1968(昭和43)年 元士族の寄付金により絵図を元に鉄筋コンクリート構造で再建。
 
金森長近
(かなもり ながちか)

1524年生まれ。織田信長のもとで赤母衣衆として活躍した。長篠の戦いや越前一向一揆戦などで功を重ね、1575年、越前大野郡に所領を与えられた。柴田勝家の軍団に属したが、賤ヶ岳の戦いで勝家が敗れると剃髪して降伏し、秀吉の家臣となった。その後は小牧・長久手の戦いや佐々成政征伐、さらに姉小路頼綱の飛騨討伐などで功績を挙げたため、1585年に飛騨一国を与えられた。1600年、関ヶ原の戦いでは東軍につき、戦後美濃国郡上八幡城攻めなどの功を賞されて2万石を加増、初代高山藩主となる。長近は茶の湯の才にも秀でており、秀吉から利休の嫡男である千道安をかくまったともされる。晩年は美濃国上有知に小倉山城を築城して高山を養子可重に譲った。大坂の陣が起こる前の1608年に京都伏見にて卒去。享年85。

●復興天守●
開館時間 4月〜9月 9:00〜17:00(入館は16:30まで)
10月〜11月 9:00〜16:00(入館は15:30まで)
休館日 12月〜3月
入館料 大人200円、中学生以下無料

●地図● 福井県大野市城町

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