ドライブ&ツーリングでどこへ行こう・・・
そんな時お城をターゲットに走ることを思いつきました。
そして気が付いたら全国津々浦々(笑)
これまでに訪問したお城を紹介します。

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根城
2016/3/6更新
2009/10/6記
(2007/9/23訪問)

主殿

●概要●
1334年、南部師行が陸奥国司代に任命され、陸奥国に下向した際に築かれた。師行はここを"南朝方の根本となる城"という願いから「根城」と名付けたといわれる。以後、1627年に国替えとなるまで八戸南部氏の本拠地であった。現在は本丸主殿などが復元され、「史跡根城の広場」として公開されている。

●歴史●
1333年
(元弘3年、正慶2年)
南朝方の北畠顕家が陸奥国司として陸奥国に下向した。
南部師行が国司代に任じられて同行した。
1334(建武元)年 師行は糠部郡八森に城を構え、「根城」と名付けた。
1338年
(暦応元年、延元3年)
南部師行は北畠顕家とともに足利尊氏討伐に遠征。現在の大阪府堺市で北朝方の高師直と戦い、顕家と共に戦死した。師行の死後、弟の政長が跡を継いだ。
1393(明徳4)年 南部政光は本領の甲斐より根城に移った。この系統は八戸氏とも呼ばれる。
この頃、同族である三戸南部氏が次第に勢力を伸ばす。
1590(天正18)年 三戸城主・南部信直は豊臣秀吉の小田原征伐に帰陣して所領の南部7郡を安堵された。
この際に、根城八戸氏は三戸南部氏の支配下に組み込まれた。
1627(寛永4)年 22代・直秀は遠野城に移封となり、根城は廃城となった。
1983(昭和58)年 発掘調査及び整備事業が始まる。
1994(平成6)年 本丸主殿などが復元され、「史跡根城の広場」として整備された。

南部師行
(なんぶ もろゆき)

生年不詳。甲斐の国に所領を持っていたが、1333年5月に鎌倉幕府が滅亡。同年10月に陸奥守の北畠顕家が後醍醐天皇の皇子・義良親王(後の後村上天皇)を奉じて陸奥国多賀城に下向する際に随行した。師行は根城を築いて拠点とし、行政の管掌を担当した。顕家は師行をとても信頼していた。1335年に足利尊氏が後醍醐天皇から離反すると、顕家は尊氏を追討するために陸奥の地を離れたが、師行は陸奥に残留し、尊氏に与した曽我貞光と戦った。1337年8月に顕家と義良親王に従って京へ出発し、途中鎌倉を占領した。1338年1月、美濃国・青野原の戦いでは北朝方を破ったが、同年5月22日、和泉国・石津の戦いで高師直に敗北し、師行は顕家とともに戦死した。

上馬屋

西門

●100名城スタンプ設置場所●
・根城の入城券売場
・八戸市立博物館の受付

●案内●
施設名 史跡根城の広場 八戸市立博物館
開館時間 9:00〜17:00(入場は16:30まで)
休館日 第1月曜日以外の月曜日(祝日の場合はその翌日)
祝日の翌日(土日の場合は開館)
入場料 大人250円、高大学生150円、小中学生50円 大人250円、高大学生150円、小中学生50円
共通券 大人400円、高大学生240円、小中学生80円

●地図● 青森県八戸市根城

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